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舞踏会での口添え
舞踏会の日。
各地から、父に招待された貴族たちが馬車に乗ってやって来た。
「さあ、仕事よ」
私は華やかでお祭り騒ぎのこの雰囲気にふさわしくないひとことを言ってから、のしのしと王宮の広間へ向かった。
「ユリシアス公爵閣下、ご夫婦ー」
「エイセ地方、ドルコ公、おなーりー」
「クリス国王名代、サダイ大臣、そのご令嬢」
王宮殿に古参の家臣の声が鳴り響く。
古い城の一階部分の広間に続く入口に、華やかな人々が降り立っては、王宮に入って行く。
地方の高官たちがどよめく高位の者も来た。
国王側近の使者だ。
綺麗に着飾った若い娘が来て、手を振る。
おおっと男たちが騒がしくなる。
「いよいよだわ」
私もこの日に合わせて着飾った豪華なドレスに身を整えた。金糸の刺繍が入ったベールを合わせたふわりとした黄金色のドレス。
金の髪は花飾りをつけて、後ろに編み込んで垂らしてある。女の子らしくて、明るくて見た目はまあまあ感じが良いだろう。
「かわいい。エルセン」
リリーアほどではないが、リリーアは誉めてくれる。
私は金色の髪、白い肌、青い目をしていて、なかなかの美人だと言われる。
茶色の髪を見事に結い上げて、巻いた髪を背中に流したリリーアも可愛い。
青い控え目なドレスを着ているけれど、若い女の子の中でも群を抜いている。
「お嬢さん、私とぜひ、踊ってください」
舞踏会の端っこにいるのに、リリーアに男性から声がかかった。
「でも・・・」
「いいのいいの。気にせず、あなたは行って」
「何かあなた、またよからぬことを企んでいるのでないの?」
友達によからぬことをと思われている時点で、私はやばくない?
まあ、リリーアは私の味方だからいいけど。
「いいからいいから」
同じ年ごろの娘なのに、私には素敵な男性は声をかけてこない。
声を掛けられても困るけど。
私にはアイドリアンがいるし、アイドリアンを今から捕獲作戦するし、もしかしたらアイドリアンが声をかけてくれるかもしれないし。
「リリーア殿と踊るのは私です」
私がそわそわしているときに、男性とリリーアとの間に割り込んできたのは、副大臣ヨゼフィーだった。
客人の接待の仕事を飛び出してきたな。
「エルセン」
「いいから、いいから、行ってきて」
「ありがとうございます」
ヨゼフィーは礼を言って、大急ぎで舞踏会場にリリーアの手を引っ張って行った。
私にはまだ、誰も声をかけてこない。
これだから、公爵令嬢の娘は嫌だ。誰も本気で私自身を見てくれる人がいない。
頭に来た私は、自分からアイドリアンに近づいた。
「お嬢様、ムードのある音楽、流すように、オーケストラに賄賂渡して来ますんで」
「気が利くわね、ラッカ」
音楽が流れる華やかな舞踏会。
きらびやかな広間で、男女が仲睦まじく、楽し気に踊っている。
私も、若い男女が頬を染めて、手と手を取り、楽しく体を動かしてリズムを刻むということをしてみたい。
女の子の憧れというものを、私も持っている。子供の頃、絵本で見た世界というのを、私も一度体験してみたいのだった。好きな人と。
「ちょっと」
何か悲しゅうて、その好きな人にこちらから背中を指でつついて、声を掛けねばならぬのか。
ご令嬢のくせに精神が強いって奇跡よ。
「何か?」
人だかりの中、政治家連中の話し合いの塊の中にいて、アイドリアンは、なんだか得体の知れないメガネをかけていた。
フリルが溢れた襟元のシャツだけは白で、上衣は黒で上下を着飾っている。いつもよりは高級感があるから、これで豪華な装いなのだろう。
「踊りませんか?」
「私と?」
弾かれたような驚きで、アイドリアンには右眉をぴくっと動かした。
前に別れたときは、捨て台詞を残したから、その私から言われるとは思えなかったのだろう。
「私?」
まだ信じられないのか、アイドリアンは聞き返してきた。
「あなたが?」
「ええ、私ですが、何か?」
私は必死で、目で訴えた。
「私は踊りません」
相当な沈黙のあと、感情のない声が返って来た。
がーん。
だが、衝撃も何度も食らうと慣れてくるもので、こんなもので、私はへこたれたりしなかった。
「なぜ、私と踊らないの?」
「私は踊れませんので」
踊れないんか、おぬしは。
もう、物理的に不可能なら仕方ない。
諦めた私は、すぐに計画にかかった。
「ワハハ、そりゃあ。お前さんの賭け方が悪いのじゃよ」
そばにいた、地方貴族のドルコ公の横にいる、白髪でよぼよぼのカツーオ大公。
私は老人の肩をむんずと掴んだ。
かつての大臣でご意見番だった。
ラッカの挙げた味方になってくれそうな一覧の上位人物だ。
今は地方で隠居の身となってすっかり年老いているが、今でも名前が挙がるほど影響力はあって、多くの高級官吏や貴族に敬愛されている人だ。
その好々爺がディップ片手に、機嫌よくこちらに向いたのを機に、私はにっこりと話しかけた。
「すっかり年頃の青年というのに、まだ誰ともご縁がないなんて、カツーオ公ももったいないと思いませんか?」
水を向けられたカツーオ公は久しぶりの賑わいに気を良くいていて、なんでも乗り気だった。
「おおそうじゃな、若い者がいつまでも独身ではいかん」
そう言って、横のアイドリアンを見上げて、食らいついてくれた。
「おぬしもまだ独身じゃったかな?はやく嫁を取れよ。嫁はいいぞ」
「ねえ、すぐ近くに良い人がいるかもしれないのに、独身はいけないわ」
「おお、そうじゃ。この機会に姫様にでも申し込んでみなされ。何事も、ものは試しと言うからの。はっは」
よーし。いった。
カツーオ公にしたら、からかい半分の冗談だっただろうが、言って欲しかったことを言ってくれた。
カツーオ公が本当に偉大な人だと知った。
「私ごとき、姫様などにふさわしくありません。姫様も、お相手にするわけがございません。冗談でも失礼にあたりますよ。フフ」
アイドリアンが上目の者にする愛想笑い。
顔を妙な片側に歪ませるから、私もひるむ。
「あら、私は別にいいのですよ。申し込みぐらいはいつでも受け付けています」
「ほっほ。姫さんもそう言うなら、男も食わぬが恥じゃぞ」
「私は姫君をどうしようという気もありません。姫君はわが主。我が命に代えてでも、お守りする。それ以上はありません」
「まあ、おまえさんは、真面目じゃの・・・あ、二等はあいつが来ると思ったわい」
がーん。
場がしらけて、大公はつまらぬ話題に興味をなくすと、すぐさま横の政治家連中の賭け事の話に入って行ってしまった。
アイドリアン、なんて難しいの。
踊りの誘いも、軽い申し込みも、ぴくりとも食指を動かさず。
悔しい。
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