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声色が変わったツカサに戸崎は「どうしたの?」と尋ねる。
先程までの嫉妬とは違い、表情は固まり、様子がおかしい。
「ツカサくん?」
ツカサは呼びかけには答えず、自分の中でぐるぐると考えを巡らせていた。
(男が入っていった……? そういえば、つぼみ荘にはほかにも住んでる奴がいるって聞いたけど……俺は一回も見たことない。なんで今日に限って帰ってくるんだ? 偶然か?)
不穏な鼓動が胸に迫る。
女性スタッフの「早乙女くーん?」という声も耳に入ってこない。
(……まさか……)
ひとつの仮説が浮かび、冷や汗が出た。
ただならぬ予感がした戸崎も、「ツカサくん。心配なら今日は帰っていいよ」と促す。
ツカサはうなずき、「すみません! そうします!」とエプロンを脱ぎ捨てて駆け出した。
* * *
自分の部屋へ入った比菜子は、着替える気にならずスカートのままベッドへと横たわる。
(ツカサくん今日も帰ってこないのかな……)
鍵をかけずにいる部屋のドアを、頭をずらしてちらりと見る。
昨夜もこうして待っていたが彼は戻ってこなかった。
(ツカサくんがいないと静かすぎる……)
泣きそうになり、枕に顔を押し付けた。
(……物音ひとつしない……。そういえば、奥の部屋の人、全然見なくなったなぁ。若い男の人がいたはずなんだけど。大学忙しいのかな)
何度か廊下ですれ違ったことのある奥の部屋の住人を思い浮かべる。
(……どんな人だったっけ……あんまり顔が思い出せない。ふたり住んでるはずなんだけど、どっちも髪で顔が隠れてて、ヒョロッとしてて……どっちがどっちの部屋の人だか見分けがついてないんだよね)
比菜子は少し、胸がざらついた。
(……あれ? ツカサくんが来てからかもしれない。奥の人たち見なくなったの)
そのとき、共用玄関の鍵が「ガチャン」と開く音がした。
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