第11話 忍びよる影

6/6
前へ
/106ページ
次へ
その光景に息が止まった。 黒いズボンの足は、どう見てもツカサのものではない。 驚きすぎて動けなくなり、顔を確かめることなどできず、足が視界に入ったままバクバクと不穏な鼓動が鳴り響く。 「……フフ。部屋に入れてくれたの、初めてだね……」 それは男の声だったが、ボソボソとして聞き取れない。 比菜子は口を押える。 (………………はっ、えっ、誰、なにこれ。どうしたらいいの) くるまっている布団ごとガタガタと震えた。 いつまでも動かない比菜子より先に、やっと向こうはさらに一歩、ベッドへ近付いてくる。 「ヒッ……」 男が屈んだのがわかった。 見るのが怖くてわざと視線を合わせずにいたが、視界にぼんやりその男の黒髪が写り込む。 (……あ) その男は比菜子の知っている男だった。 「……え、あの、奥の部屋の人ですよね……?」 おそるおそる顔だけで見上げると、黒ぶちの眼鏡が前髪に埋もれた、服装まで真っ黒なその人がそばで覗き込んでいた。 男は「……そうだよ……」と返事をする。 知っている相手だとしても、この状況は比菜子にとってまったく安心できるものではない。 拒否をしたらなにをされるかわからない恐怖で、比菜子は無意識に知り合いとしての会話を続けた。 「……渡辺さん……じゃなくて、えーと、渡部さん……でしたっけ」 「ひどいなぁ……渡瀬だよ」 「あ、ああ、そうだ渡瀬さん……でしたっけね。3号室の。えっと、ちょっと待ってください、そこで止まっててください。なんで私の部屋に入ってきてるんですか……?」 「奥の部屋はふたつとも僕だよ……3号室と4号室、どっちも契約してるんだ」 「……は、はあ?」 「最近2号室も空いたから、そこも僕が契約するつもりだったのに……」 (……なにを言ってるの……?) 「やっと浅川さんと僕だけのアパートになるはずだったのに、どうしてあんな男を住まわせてるの……?」
/106ページ

最初のコメントを投稿しよう!

254人が本棚に入れています
本棚に追加