第2話 ぷち同居開始

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第2話 ぷち同居開始

「んん……?」 ツカサは、ゆっくりと目蓋を持ち上げた。 視界は天井。ぐつぐつという鍋の音と、鰹出汁の匂いがしている。 「起きた?」 キッチンから比菜子の声がし、ツカサは慌てて体を起こした。 額に置いてあったらしい氷袋がタオルごとボトンと落ち、彼は自分で用意した覚えのないそれを目で追う。 「……ここって……?」 「私の部屋。布団もない状態なら言ってよね。貸してあげたのに」 比菜子は背を向け、鍋の火力を調節しながら返事をする。 彼女と喧嘩をした記憶が新しいツカサは、さっそく力を借りている状況に、情けなくなり頬を染めた。 「……そんなん迷惑だろ」 「お隣さんにのたれ死にされるよりはマシです」 出汁の中にご飯を投入し、卵を溶き入れ、しばらくしてから火を止める。 「雑炊作ったから、食べて。何か食べないと薬飲めないから」 「……うん」 (素直じゃん) ツカサは「テーブル出した方がいい?」と言い、畳んであった簡易テーブルを指差した。 「大丈夫。体だけ起こしといて」 お椀によそった雑炊を盆に乗せて、彼の布団の近くに置き、そのすぐそばに比菜子も座った。 レンゲで少量を掬い、フーフーと息を吹きかけて冷ますと、それをツカサの口もとへ運ぶ。 「ほら、あーんして」 「えっ……いや、いいって」 「いいから。こぼされたら嫌なのよ」 強めにそう言うと、ツカサはしぶしぶ口を開けた。 (……ふふ、なんか可愛い。猫みたい) 彼は長い睫を伏せ気味にし、口の中へレンゲを受け入れる。 傾けられるままひと口食べて、モグモグと口を動かし、喉を鳴らして飲み込んだ。 「……ん、美味い」 普段、料理をしても聞くことのなかった言葉に、比菜子は不覚にもキュンとする。 ツカサは雑炊を全部食べ、お椀を空にした。起きてから顔色も良くなっており、比菜子はホッと胸を撫で下ろす。 「……ツカサくんさ、どうしてここに引っ越してきたの?」 比菜子は、布団の上で三角座りをするツカサにスポーツドリンクを与えながら、弱っているのをいいことに質問を始める。 (計画性も生活力もないのに見切り発車で部屋だけ契約してくるなんて、普通じゃない。この度を越えた世間知らずも気になるし) 口をつぐんだツカサだが、迷惑をかけている状況で口答えはできないらしく、観念した様子で話し出す。 「……親が会社やってて、跡を継げってうるさいんだ」 「え?」 ツカサは毛布を口もとまで引っ張りあげ、小さくなる。 「俺は無知でなにもできないって決めつけられて。他の会社でやっていけるわけないだろって。……そう言われたら、なんか色々悔しくなってさ。大喧嘩して、髪染めて、しばらくひとりで暮らしてやるって飛び出して……」 (やっぱり。この子ボンボンだったのね) ゴクリと息を飲む。 ツカサの綺麗な髪やブランドロゴのついたジャージを改めて見て、比菜子は「なるほどねぇ」と声を漏らした。
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