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(それじゃあ私は、どこぞのセレブくんに貧乏生活を披露してたってこと?)
比菜子はトホホと肩を落として後悔するが、すぐに頭を切り替える。
「ツカサくん。ご両親心配してるんじゃないの? ここにいるってちゃんと言ってある?」
「言わねーよ! 俺はもう家には戻らねぇんだ。関係ないね」
「ダメよ。とりあえず、住むところが見つかってちゃんとやれてるって連絡入れないと」
「はあ!? なんでだよ!」
コツン、と彼の額を小突く。
「なんでも。急にいなくなって、心配でたまらないご両親の気持ちも考えてあげて。それに安否が分からないと血眼で探し出されちゃうと思うけど。見つかったら困るんでしょう?」
小突かれたところを押さえ、ツカサは唇を尖らせる。
「……わかったよ。あとでメールしとく」
(やっぱり素直でかわいい)
「じゃあツカサくん、汗だくだから着替えてきて」
「えっ」
ツカサは服の裾をキュッと握る。
「うちのシャワー貸してあげるから浴びちゃって」
「いや、いい!」
「……自分のところで入るの?」
「そ、それは……」
また沈黙したため、慣れた比菜子は根気強く待った。
「……服、持ってきてなくて。これしかねえんだ」
(やっぱり……。部屋になにもなかったもんなぁ)
「……ツカサくん、あのねぇ」
「い、いや、だから、本当はバイトして、金稼いで全部買う予定だったんだ!」
「それでも給料日まで一文なしでしょう。ある程度まとまったお金を準備してから引っ越ししなきゃ」
「そ、そりゃ……用意してたけど。敷金だの礼金だの取られるなんて知らなかったんだよ。喧嘩して家出てきたからいきなりだったし、荷物も持って来る余裕なくて……」
比菜子はいよいよ呆れつつも、目の前で真っ赤になり恥ずかしがるツカサが憎めなかった。自分にも覚えがあったのだ。
(わかるよ。なかなか自分の思ったとおりにいかなくて、悔しいよね。若いころは希望ばっかりで、なんてでもできるって思ってた。そんな甘いもんじゃないのに)
数年前の、OL生活に夢を抱いていた自分の姿が重なった。
ところが現実は、これだ。比菜子は作り上げたこの部屋が自分そのものを表しているようで、切なくなって目を細める。
「じゃあ、こうしようか。着替え分を立て替えてあげるから、アルバイトを探してきて。お金は少しずつ貯めて、返せるようになったら返してね。ご飯もこっちに食べにおいで。シャワーも布団もしばらく使わせてあげる」
「そんなっ……!」
「それとも、自分でなんとかできる?」
言葉を返せず、ツカサはうつ向く。
「……ツカサくん。私に美味しいクッキー買ってきてくれたでしょ? それのお礼だよ。クッキーくれなかったら助けたりしてないんだから。ね?」
比菜子は思わず、ふわふわのツカサの頭を撫でた。
(助けてくれる人間を周囲に作れるっていうのは立派な才能なんだよ。それができない人が世の中にたくさんいる。お金がなくても、引っ越しの挨拶をきちんとできたツカサくんは偉い)
「気楽に考えていいよ。ルームシェアみたいな感じで」
(シェアする広さじゃないけど)
頭を撫でられながら、ツカサは彼女の指の隙間からジッと比菜子を見つめていた。その真剣な瞳と目が合い、比菜子の胸は大きく鳴る。
「……アンタ、下の名前なんていうの」
「え? 私? ……比菜子だけど」
「比菜子」
(名前呼び!?)
「金は借りるだけだ。バイトして必ず返す。それに、世話になっといてそのままにする気もねえから」
「え?」
ツカサは、勢いで比菜子の両肩に手を置き、グッと距離を詰める。
「俺にできることがあったらなんでも言えよ。社会人になったら何倍にもして返してやるし、絶対、比菜子のこと幸せにするから」
汗だくでもキラキラなツカサの顔が至近距離に迫りながら、比菜子の脳裏には大宇宙が広がっていた。
(……アラサーにプロポーズみたいなこと言っちゃダメだっつーの……)
──年下男子、恐るべし。
これからの生活で平静を保てるのか、一気に不安になる比菜子であった。
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