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バッグを抱き締めてプルプル震えている比菜子をよそに、朝食を食べ終えたツカサは皿を重ね、「ごちそうさま」と手を合わせる。
「比菜子、急いでるなら俺、皿洗う?」
「ほんと? 助かる!」
流しのたらいに浸けてあるお皿とともに、ツカサは食べ終えた皿をスポンジで洗いだした。
わずかな時間を手に入れた比菜子は、カーペットにコロコロを転がし、ベッドに除菌スプレーをかける。
室内をあれこれと一周した後で、再びキッチンに戻り、ツカサの横から手もとを覗いた。泡だらけのわりに汚れが落ちていない皿たちがシンクに広がっている。
「……うん、ツカサくん。皿洗いの仕方を教えてあげましょう」
彼は皿を持ったまま赤くなり、ギクッと肩を揺らした。
「まずはね、ハンドソープじゃなくてお隣の食器用洗剤を使うの。こうやってスポンジに二、三回出して。」
「わっ」
比菜子はツカサの横から手を出し、スポンジと皿を持つ彼の手にそれぞれ添える。
「まずは水で汚れを落として。油汚れだったらお湯。そしたら丁寧にスポンジで擦るの。できる? 掛けてある布巾で水気を拭いたら、その布巾を広げて食器を並べておいて」
「ひ、比菜子、近い」
「わかった?」
「わ、わかった」
彼の返事を聞き、比菜子はすぐに離れた。
朝は忙しさで胸キュンどころではないというように、赤くなったツカサには気づかずバッグの中身を整理する。
「ツカサくん、これね」
食器を並べ終わりまだ濡れている彼の手に、黄色い風呂敷に包まれたとある物を持たせた。
「……なんだこれ?」
「お弁当。お昼に食べてね」
「えっ」
ツカサの手が、風呂敷ごと震える。
「いちいちそんな顔しないの。栄養とって風邪治してもらわないと、出世払いできないもん」
〝出世払い〟という言葉にツカサはキリッと目尻を上げ、「わかった」と受け取る。
そのまま、大事そうにそれを両手に乗せた彼は、比菜子とともに廊下へ出て、建物の共用玄関へ降りた。
「比菜子。いってらっしゃい」
手のひらを見せて揺らすツカサに、比菜子はゴクリと唾を飲み込む。
「う、うん。……いってきます」
(〝いってらっしゃい〟……か)
心がぽかぽかする甘い感覚を覚え、ヒールの足取りは軽く弾んだ。
(うふふ……悪くないかも)
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