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晴れた秋の空の下を、比菜子は軽やかに歩く。
シャッターの閉まった商店街の裏にあるほんの小さな公園に寄り道し、わずかな緑の中で息を吸った。
(アパートから最寄り駅まで徒歩十五分、降りてから会社までも同じく十五分。軽く運動するには最適な距離よね)
中敷きでフィットさせたヒールで合計片道三十分のウォーキングをしながら、肩を回して肩甲骨のストレッチをする。
八分間だけ揺られる電車内ではつま先立ちをし、時折、足首を回す。
通勤中の運動をこなし、比菜子は勤務先である『株式会社ヘルシーネオ』に到着した。
本部の機能が集約された立派なビルは、全面マジックミラーガラスの近代的な建物である。
二階、総務部は二十代前半の若い女性の派遣社員が多く、二十八歳でも比菜子は中堅社員に位置している。
「おはようございます、浅川さん」
「あ、金本さん。おはようござ……」
比菜子の後輩、二十三歳ショートボブの金本の薬指には、金曜まではなかった小ぶりのリングが光っていた。
すぐさまそれが目に入った比菜子は硬直し、震えながらそれを指す。
「か、かか、金本さんっ……その指輪」
「へへへ。ついにプロポーズされたんですぅ」
「本当!?」
おめでとう!と手を叩いて喜ぶ比菜子だが、心の中では(めでたい! めでたいけど! 金本さんも辞めちゃうのかな……トホホ)と泣いていた。
「浅川さん、ちょっといいかな」
「篠塚課長」
この女の園にひとりだけ混ざっている男性社員が、席に着いた比菜子に声をかけた。
総務課長の篠塚は柔らかい物腰に整った顔立ちをしており、こちらも常にシルバーの結婚指輪がキラリと光っている。
家族思いのイケてるオジサマとして女性たちにも人気のある彼は、数少ない総務部の社員である比菜子を頼りにしていた。
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