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比菜子は降車駅の前のケーキ屋でショートケーキを買ってアパートへ戻り、自分の部屋に荷物を置いた。
ケーキを冷蔵庫に入れてから、夕飯の支度を始める。
(まだ風邪気味だろうから、食べやすいものがいいよね)
シリコンスチーマーに、ブロッコリー、かぼちゃ、にんじんとブロックベーコンを並べて電子レンジにかけ、温野菜にする。
ボールに卵と出汁、豆乳を加えて濾し、フライパンで蒸して茶碗蒸しを作る。胃に入りやすいように、具は入れない。
肉もないと元気が出ないだろうと、手羽先を生姜のスープに浸し、大根とネギを投入してさらに煮込み、ポン酢で少しの酸味も加えた。
お玉から直接味見をしてみる。
(ん、いい味!)
〝ビ──〟と音がする。
(来た!)
「はーい。おかえり、ツカサくん」
「ただいま。比菜子もおかえり」
朝、別れたときと変わらない姿のツカサが、ドアの前に立っていた。
手には今朝渡した弁当の風呂敷を持っている。
「バイト受かった」
嬉しそうな、照れくさそうな、緩んだ表情で彼は中へ入り、包みから空の弁当箱を出してシンクに沈めながら言った。
「え、本当!? どこ?」
「駅前の『チェリッシュ』っていうカフェ。朝昼か、昼夜のシフトで、明後日からって」
「すごいじゃーん! おめでとう!」
(まだまだ要領が分からないだけで、ツカサくんは接客業向いてると思うな)
比菜子は一日で仕事を見つけてきたツカサを誇らしく思い、同じく顔がほころぶ。
ツカサは弁当箱を洗いながら「すげぇいい匂いする」と鼻をクンクンさせ、ガスコンロに乗っかっていたスープ鍋に目をやると、「美味そう……」とつぶやいた。
「風邪治ったみたいだけど、一応消化にいいもの作ったよ。食べよっか」
小さな折り畳みテーブルに、温野菜サラダ、茶わん蒸し、ご飯に手羽先のスープ、そして輪切りのバナナの乗ったヨーグルトが並べられた。
「いただきます……」
「どうぞ」
ひと口食べて、ツカサはすぐに目を輝かせた。
「美味い……」
自己満足だった料理が育ち盛りの男の子の口にも合うと証明され、満足した比菜子は自分も箸をつけ始める。
(ひとりのときよりも健康に気を遣ったものを出すようになるから、これは私にとっても良いことなのかも)
「あ、そうだツカサくん。お願いがあるの」
「おう、なんだよ」
「今うちの会社が商品を使ってくれるモニター集めてるんだけど、協力してもらえないかな」
比菜子はまずはドンと要件を伝え、続いて資料を出そうとバッグに手を突っ込んだが、ツカサは間髪入れずに「いいぜ」と頷いた。
「え、まだなにも説明してないのに」
「比菜子にはなんでもしてやるって言っただろ。頼みごとは全部聞く」
〝キュン〟
彼女の胸からそんな音が鳴る。
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