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比菜子はテーブルの角に資料を広げた。
「この申込書に名前と住所を書いて、封筒に入れたらポストに投函してね。そしたら『へるすウォッチ』が返送されてくるから、腕につけてもらえる?」
「おう」
「そしたら『へるすた』っていうアプリをダウンロードして、モニターコードを入力するの。『へるすウォッチ』と同期できるから」
「わかった。で、『へるすウォッチ』ってなんだよ」
ここでようやく、『へるすウォッチ』のイメージ画像を指で示す。
「万歩計とか、体脂肪の測定機能がついた小型のヘルスメーターだよ。腕時計型でデジタル時計もついてるから、バイトの時間も着けてられるかな?」
「おう。大丈夫。つける」
ツカサはすぐに、今している時計を腕から外した。
今までゴツい時計に隠されていた彼の手首の骨格や血管にギクリする。
(……うわわ。男の子の腕だ。あと高そうな時計)
「ねえ、今度バイト先に食べに行ってもいい? ツカサくんが夜のシフトのとき。ひとりで家にいてもつまんないし」
「いいけど、ひやかすんじゃねーぞっ」
「ひやかさないよ。比菜子オバサンはね、可愛いツカサくんが頑張ってるところを見たいんだよ」
「それがひやかしっつーんだよ!」
ニャーニャーわめくツカサをよそに、比菜子は立ち上がって冷蔵庫へ向かう。
「おい!」
「ケーキ好き? 食べない?」
「話を逸らすな……え、ケーキあるのか?」
(扱いやすい)
コーティングされたイチゴの乗ったキラキラのショートケーキを、これまた金縁のついた小皿に乗せてテーブルに並べる。
「た、高かっただろ。あとで返すからな」
「いーのいーの。これはバイトに受かったお祝いなんだから」
「……買ったときはバイトに受かったこと知らなかったくせに」
遠慮しているツカサより先に、フォークにクリームを乗せてひと口運ぶ。比菜子はこれが至福の時とばかりに「んー! おいひい!」と溢れる頬を押さえた。
「細かいことはいいでしょ。受かってなかったら入居祝いって理由にしてたから」
「……比菜子って」
「ん?」
「や、優しい、よな」
(えっ)
予期せぬ言葉に、比菜子はフォークを咥えたまま赤くなる。
「助けてくれるし。なんもできない俺にも、怒らないでちゃんと教えてくれるし」
「そ、そんなことないよ。だって初めてのことができないのは当たり前でしょ? できるかできないかはやってみなきゃわからないもの」
「そんなこと言ってくれるの、比菜子だけだ」
「へへっ」と声を漏らしながら、ツカサはふわりと笑った。
とろけるショートケーキのようなその笑顔に、比菜子は思わず釘付けになる。
(……ツカサくんって、なんだか、すごく……)
口いっぱいに、クリームの味が広がる。
(……甘い)
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