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第3話 夜のデートへ
ツカサはアルバイト初日を終えた。
「掃除の仕方が雑だって店長に怒られた。やったことねぇのに……」
すっかり気落ちしている様子の彼は、膝を折って座布団に座り、そこにコテンと頭を埋める。
「よしよし」
比菜子が出来上がったご飯を並べながらついでに頭を撫でると、ツカサはブルブルと首を振る。
「頭撫でんな!」
「落ち込まないの。わからないことは正直に言って教えてもらえばいいのよ。これからこれから。お皿洗いはできるようになったんだもの、掃除だってすぐできるって」
「本当か? すぐできるようになるのか?」
「ツカサくんなら大丈夫」
「わかった。がんばる」
(かわいい)
単純な励ましで元気を取り戻したツカサは、やっとテーブルの上の料理に目を向ける。
「比菜子の飯は相変わらず美味そうだな……」
大葉とチーズの入った白身魚のフライと、海藻サラダ、きんぴらごぼうが並べられ、白ご飯と豆腐の味噌汁がほくほくと湯気を立てている。
ツカサはパーカーのお腹のポケットから、スマホをサッと取り出した。
彼は箸をつける前に、カシャッと音を鳴らして料理を写真に収める。
(ツカサくん、なんで撮ってるんだろ?)
そしてすぐにスマホを仕舞い、箸に持ちかえ、手を合わせた。
「いただきます!」
* * *
「ごちそうさまでした!」
ツカサは手を合わせて食器を片付けた後、座布団に戻って携帯を取り出し、慣れた手つきで画面をタップし始める。
比菜子は彼の座っている座椅子の後ろに回り込み、肩から覗き込んだ。
「あ! もしかして、それ『へるすた』?」
「そうだよ。比菜子がやれって言ったんだろ」
「もうダウンロードしてくれたの?」
(お願いしたのつい三日前なのに! その日のうちに投函してくれたんだ!)
ツカサのパーカーの袖からへるすウォッチがちらりと見えており、日付や時間もきちんと登録されている。
「説明書の通りにやったら連携できたぞ。運動量を勝手にカウントしてくれる。あとは食べたもの記録すりゃいいんだろ」
「さっそく記録してくれてるんだ! ありがとう!」
彼はスマホをタップし、先ほどの夕飯の写真を手早く日記フォームにアップしてみせた。
(さすが現代っ子は小さい機械に強い!)
「これ入力すると、比菜子の作る料理ってめちゃくちゃ栄養あるってわかるんだよな……」
弾き出された栄養素のデータは、綺麗な五角形を示している。
「ちゃんと計算して作ってるからね」
「炭水化物と、たんぱく質と、あとビタミンにカルシウムも入ってる」
「このアプリ作ってる会社の社員ですから。それくらいは朝飯前よ」
ツカサは手を止めて、うしろから覗いている比菜子を振り返りじっと見つめる。
「ん? どうしたの」
「……比菜子ってすげぇよな」
それだけ言って、ツカサはまた手もとに向き直った。
「ふふ、ありがとー!」
ガシガシと頭を撫で回す比菜子に、ツカサは赤い顔で「やめろよ」と抵抗する。
(こんなことを言ってくれるのはツカサくんだけなんだよね。会社じゃ目立たない総務の事務員。そんでもってオンボロアパートに住む貧乏OL。私なんて、なにもすごくないんだから)
比菜子はちょっぴり切なく、アハハと笑った。
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