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オンとオフの中間と言える、紐でウエストを締めてリボン結びをする身軽なワンピースにトートバッグを持ち、駅前へと出掛けた。
駅から一本路地に入った通りに、黒板にチョークで『チェリッシュ』と書いた看板が立っており、店先には黒のテラス席が四つ、外壁は計算されたような配置のツル化の植物の葉で彩られている。
ガラス張りの店の内装はすべてウッド調と黒のモチーフで、カウンターとソファ席に分かれているのがわかった。
(チェリッシュってここかぁ! お洒落すぎて入ったことなかった)
比菜子はお客様ぶって入店すると、奥のテーブルを拭いていた金髪の店員が硬い表情で近寄ってきて、
「いらっしゃいませ」
と軽く頭を下げた。
顔を上げたその彼と、バッチリと目が合う。
「…………はぁ!? 比菜子!?」
「ふふふ、来ちゃった」
彼は口をパクパクさせた後、一瞬で耳まで赤くなる。
大きな声を出したせいで何人かの客が振り返ったため、キョロキョロしながら自分の口を両手で塞いだ。
ニヤニヤする比菜子を睨み、小声で、
「おいっ、来るなら言っとけよ!」
と文句を言う。
「ごめんごめん。急に来たくなっちゃって」
(私はマメじゃないのだ)
比菜子は「カウンターでいいよ」と背の高い丸椅子に腰掛け、ディスプレイしてあったフォトアルバム風のメニューを開く。
遠くで「すみません」という女性客の声がし、ツカサは比菜子に「ちょっと待ってろ」と断りをいれ、カウンターを離れた。
(……やばい)
ツカサがいなくなると、どうにかポーカーフェイスを保っていた比菜子は、メニューを持つ手をプルプルと震わせる。
(どうしよう……! ツカサくんめちゃくちゃ格好いいんですけど……!)
白のワイシャツに腰で結ぶタイプの黒いエプロンをきちんとつけた彼は、家で見る姿とは違って大人びていた。
童顔だと思っていたのに、中性的な顔立ちは制服に合っており、美麗な俳優のようにすら見える。
店内の女性客もツカサに釘付けになっており、「かっこいい」や「かわいい」と噂している声がそこかしこから聞こえてきた。
店内を動き回る彼をチラチラと目で追っていると、区切りがついたらしくこちらへ戻ってきた。
「おいっ。恥ずいからあんまり見るなよ」
「すごいじゃん、ちゃんと働いてるね」
(表情が硬くて無愛想だけど、これはこれでかわいいから人気出そう)
比菜子はメニューをざっと見て、おすすめと書かれた選べるパスタセットを注文した。
「ほうれん草のクリームパスタで、ドリンクはプーアル茶で。お願いします、ツカサくん」
「ん」
ツカサは伝票にサラサラと注文を書いていく。
書き終えてペンを止めたかと思うと、辺りを見渡し、彼はふと、カウンターに座る比菜子と目線を合わせる。
「……おい比菜子、ちょっとこっち」
「え? なに?」
するとツカサは、ふわりとシャンプーが香るほど、彼女に顔を近づけた。
(えっ……)
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