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ツカサは唇を彼女の耳に寄せ、
「……でかい声じゃ言えねぇんだけどさ」
と、吐息がかかる距離で小声で話す。
「な、なに?」
(近い近いっ)
平静を装う比菜子だが、突然の接近に体は硬直する。
不自然に肩が上がったまま、ツカサの言葉に耳を貸した。
「ここで食ってっていいのか? 言っとくけど、比菜子の飯のが数段美味いぜ」
そう囁かれた瞬間、比菜子の頬は熱くなり、思わずそこを乙女のように両手で押さえる。
(う、うそっ……! うれしいっ……)
「あ、ありがとう。でも今日はツカサくんを見に来たの。ご飯はついでだよ」
注文をとってもらったら、すぐに「ほら行って行って」と彼の背中を押し、キッチンへ戻るよう促した。
(はぁー……やばい。狙わずにあんなこと言うんだもん。ツカサくんのファンになりそうだよ……)
離れていくツカサのエプロンの結び目を見ながら、比菜子はわき上がる火照りを落ち着かせた。
それから五分後、わずかに混雑したためツカサは忙しくなり、別の店員が「お待たせしました」とパスタを運んできた。
男性だが真っ黒な直毛の髪を後ろで一つに束ねており、アジアンティックな雰囲気がしている。
(お洒落な男の人)
「ありがとうございます。美味しそう」
三十代後半くらいで毒がなく優しそうに見えるが、比菜子は彼の胸のバッジに小さく書かれた『店長』の文字に気づく。
(ツカサくんのことよく怒ってるって人かな)
比菜子がついジッと彼を見ていると、店長はその視線に笑顔を返した。
「ご来店ありがとうございます。店長の戸崎といいます。ツカサくんと話してらっしゃいましたが、お知り合いですか?」
(わ! 物腰も声も柔らかくて大人っぽい。この人もファン多そうだなぁ)
「あ、はい。近所に住んでるだけですけど、気になって来ちゃいました。お仕事の邪魔しちゃっててすみません」
「とんでもない。ツカサくんはよく頑張ってくれていますよ。是非ゆっくりしていってください」
「はい。ありがとうございます」
綺麗なお辞儀をしてキッチンへ戻っていく戸崎を見送ってから、比菜子はフォークに巻き付けたパスタを口へと運んだ。
(……充分美味しいじゃん)
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