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「だって、若い子の遊びよく知らないし」
(夜遊びする体力もないし)
しかし彼が寂しそうに、
「……じゃあいい。帰ろうぜ」
と呟くと、比菜子の胸はギュウと締め付けられた。
(そんな顔されたら、帰りたくなくなる……私もまだ一緒にいたい)
そのとき、彼女はいいことを思い付き、パッと笑顔に変わる。
「そうだ! ツカサくん。一か所だけ行きたいところがあるの。ていうか、ツカサくんに紹介したい場所! 今から行かない?」
「ど、どこだよ?」
「秘密。着いてからのお楽しみ」
善は急げとばかりに食べ終わったパスタの器を返却し、「なんだそれ」と怪訝な顔をするツカサの手を引き、すぐさまレジへ。
出てきた店長の戸崎に「ご馳走さまでした」と挨拶をし、伝票とぴったりの現金を置く。
彼は「またいつでもいらして下さい」とほほ笑み、去っていくふたりを見送った。
* * *
「比菜子の行きたいところって、ここなのか……?」
のれんの下から灯りの漏れる、古い木造の屋敷を前に、ふたりは並んで立った。
夜の街をくぐり抜けてたどり着いたのは、大通りから少し中道に入ったところにある風呂屋である。
紺ののれんには白い字で『ハイパー銭湯』と力強く書かれている。
(なんだハイパーって……)
「ここすっごくオススメなの! バスタオルを借りてもワンコインで入浴できて、最近改装されたから綺麗だし」
「温泉ってことか……?」
「違う違う。銭湯。ただのお風呂よ。今のアパートはシャワーしかないでしょ? 心身の健康のためにも、たまに湯船にゆっくり浸からなきゃね」
「ふ、風呂……? 俺誘って、風呂? お、お前……」
明らかに引き気味に感じた比菜子は、「しまった」と思い彼の顔を覗き込む。
「ご、ごめん。年寄りくさかったかな」
「いや、そうじゃなくて……カラオケとかより、こっちのがハードル高けぇだろ……」
「嫌だった?」
「嫌じゃねーよ! 行く!」
宣言通り、ツカサにふたり分の利用券を買わせ、中へ入った。
玄関の先はほんの少しのベンチコーナーの先はすぐに男湯と女湯に別れているため、一緒には来たが早々に個人行動になる。
「じゃあ、四十分後にまたここで」
「おう」
手を振り合ってから、ふたりは同時に、別々ののれんをくぐった。
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