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扉を開けたら、そこは──美男子でした。
(は!? なにこのキラキラくん……! ペルシャ猫? ヨーロピアン? クリストファー?)
「……こんにちは。向かいに引っ越してきました。早乙女ツカサです」
(喋った!)
比菜子は思わずひっくり返りそうになったが、どうにか堪え笑顔を作る。
「そうですか。わざわざありがとうございます。私は浅川です、よろしくお願いします」
「あの、これ」
比菜子よりほんの少し高い背丈の彼は、ほぼ同じ目線で手に持っていた紙袋をいきなり押し付けてくる。
「お菓子。食べてください」
「あー! これ、有名店の! 私好きなんですー! うれしい!」
受け取った紙袋にはアンティーク柄の四角い缶が入っている。比菜子は缶を取り出してうっとり眺めた。
(ふふふ、突然イケメンくんから高いクッキー貰っちゃった。なにこれ癒される)
ご機嫌な比菜子を、ツカサは猫のような瞳でじっと見つめている。
(それにしても、こんな血統書がついてそうなイケメンくんが、なんでボロアパートに……?)
「浅川さん」
考えを巡らせて首をかしげたところで、高くも低くもない中性的なツカサの声が比菜子を呼んだ。
「は、はい!」
「俺、J大生なんですけど……浅川さんもですか?」
「へっ……」
比菜子はガンとお菓子の缶を落とし、瞳を潤ませた。
J大とは最寄りの地下鉄で五分のところにある大学で、奥の院生たちもそこの学生である。
(私、大学生に見えるってこと!?)
二十八歳の貧乏OLは脚をカクカクさせて歓喜し、缶を拾いながらわずかに小躍りする。
「や、や、やだもぉ! うふふ、若く見えるかもしれないけど、私はアラサーの社会人ですよぉ」
ツカサが年下の大学生だと知った比菜子は、おばさん心を発揮し急に馴れ馴れしく変貌する。
しかし、変貌したのは比菜子だけではなかった。
「……は?」
借りてきた猫のようだったツカサはその眉をゆがませ、三白眼になって睨む。
「オバサンじゃねーか」
その瞬間、〝ピシッ〟と音を立て、比菜子の顔面は凍りついた。
「オ、オ、オ、オバ……?」
「紛らわしいんだよ! そんな短けー服着てたら、学生だと思うだろ!」
「なっ」
ショーパン姿だった比菜子は思わず両手でTシャツの裾をビヨンと下まで引っ張って、丸出しだった膝小僧にひっかけ、しゃがみ込んだ。
「なによ! アラサーでも家じゃこれくらい普通に着るわよ! なんなのいきなり生意気ね!」
「こんな安いアパート住んでんのは貧乏学生だけかと思ってたぜ。普通の大人がなんでこんなとこ住んでんだよ! なんで大人なのに金ねーんだよ!」
ツカサの表情は憎たらしく移り変わり、容赦ない言葉を叩きつけてくる。
図星すぎた比菜子は一瞬だけ泣きたくなったが、すぐにキッと彼を睨み、負けじとノブに手を伸ばして彼を外へと追いやる。
「はぁー!? なんなのアンタ! 悪いけど、躾のされてない野良猫とは関わりたくないから! オバサンは忙しいので! じゃあね!」
勢いよくノブを引き、扉は閉まるかに思えたが──。
「待てよ!」
「ギャー!」
ツカサは閉まる直前に扉の隙間に体を挟み、比菜子の部屋の領域に食い込んできた。
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