第4話 婚約者は突然に

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* * * 仕事を終えヘルシーネオを出た比菜子は、電車に揺られながら、一日中頭から離れなかった昨日のマッサージ事件を思い出す。 火が着いたような彼の表情が甦り、体の熱が再びわき上がってくる。 (なんかツカサくんって、イケメンのわりにウブすぎない? 普通はもっと女慣れしてると思うんだけど……) 上の空のまま電車を降り、アパートまでの十五分の道のりをフラフラと歩く。 (……ん?) 自分のパンプスの足音とは違う、ヒールの音が聞こえてくる。 こちらの歩みと同じスピードで、その音は一定の間隔を保って背後から鳴っていた。 アパートの前で、ふと足を止め、振り返る。 「あっ……」 声を漏らしたヒールの主は、焦ったように立ち止まった。 白いAラインのワンピースに、白いカーディガン、さらに白いエナメルのパンプスという眩しいその女性は、揃えてカットされたロングの黒髪が艶々と揺れている。 小柄で、大きな瞳のと小さな唇の整った顔立ちはお人形のようであった。 (なにこのピカピカの女の子……) 「あの、なにか?」 この住宅地に似つかわしくないお嬢様に、比菜子は首をかしげる。 後をつけていたことは間違いないらしくお嬢様は動揺していたが、やがて深呼吸をしてから、比菜子と対峙した。 「……このアパートに、ツーくんは住んでいますか?」 〝ツーくん〟という呼び名に、比菜子の胸は〝ドクン〟と音を立てた。 「えっと……ツカサくんのことですよね?」 「そうです。ツーくんが家出をしてしまったので探していました。家の者に調べさせて、やっとここを突き止めたのですが……」 (まずい。ご家族かな?) お嬢様は比菜子に怪訝な視線を向けた後、それをそのままつぼみ荘へと移す。 「信じられません。ツーくん、まさかこんなところに住んでいたなんて……。離れの小屋よりも小さいです。それに、誰か建て直したり綺麗に補修してくださる方はいないんですか? とっても汚い」 つらつらと自分勝手な感想を述べる有沙に、比菜子はムッと口を尖らせる。 (ここに住んでる私を前にして失礼すぎない? いや、ツカサくんも最初はこうだったから、類はなんちゃらってヤツか……) 「汚いんじゃなくて古いだけです。あの、ツカサくんのお知り合い?」 「はい。オバ様はどなた?」 ピキン、と比菜子の顔面にヒビが入った。 「オ、オ、オバッ……」 覗き込む有沙の表情は、挑発的なものに変わっていく。 (たしかにこの子より年上ってのは一目瞭然かもしれないけど、今の格好は断じて、絶対に、 まだオバサンではない! この子わざとだ!) 「ふ、ふふふ、オバ様ね、一応二十代なんです。ツカサくんとおんなじ」 「あら。そうでしたか。私はツーくんの婚約者の美山有沙(みやまありさ)と申します」 彼女が頭を下げると、手入れの行き届いた黒髪がサラリと落ちた。 それを目の前にしながら、比菜子の胸に〝ズキン〟と痛みが走る。 (……婚、約者……?)
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