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「……ツカサくん」
ツカサは顔色の悪い比菜子を見て眉をひそめたが、彼女の正面にいる人物に気づくとパチパチと目を開いた。
「なっ!? 有沙!?」
「ツーくん!」
挑発的だった有沙の声はとびきり甘いものへと変貌し、眉を垂れ下げた少女のような顔つきへと変わる。
「やっと会えたー!」
「なんでここにいるんだよ!」
比菜子を挟んで五メートルほど距離があったツカサに一目散に駆け寄り、「心配してたんだよ!」と抱きついた。
「おわっ! ちょ、オイ! 有沙!」
若いカップルのツーショットに比菜子の胸はまたズキンと痛み、思わず彼らに背を向け、オンボロアパートを前に切なくなった。
(学生同士、お似合いのカップル。……こんな婚約者がいるのに私の部屋に出入りしてたなんて。なに考えてるのよ、ツカサくん)
悔しさでバッグの持ち手が音を立てる。
ツカサへの苛立ちが止まらないが、それを飲み込んでうつむいたまま、地面を睨んだ。
「有沙、お前比菜子となに話してたんだ? 失礼なことしてないよな? 世話になってる人なんだから変なこと言うなよ」
(どの口が言ってるの)
「言ってないもん」
(めちゃくちゃ言ってたわ)
「比菜子」
突然名前を呼ばれ、比菜子は「へっ」と間抜けな声を漏らした。
もうアパートへ入ってしまおうかと一歩踏み出していた足を慌てて戻し、余裕があるフリをして振り返る。
「これ、幼なじみの有沙。俺の一個下」
ツカサは、親指で有沙を示した。
(幼なじみ……)
〝婚約者〟と言わなかったツカサを、比菜子は再び不信感の募る目で睨む。
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