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共用玄関へ入りふたりで靴を脱ぎながら、どちらも会話のきっかけを探していた。
(有沙ちゃんが現れていろいろとわかったかも。ツカサくんがこの年でウブなのは、幼なじみの婚約者がいたから女の子と遊んでこなかったせい。最近誰かに後をつけられている気がしたのも、きっとあの子だ)
廊下を歩き、お互いの部屋の前に到着する。
「……有沙ちゃん、お人形さんみたいな子だね」
比菜子から会話を始めると、ツカサはピクッと反応した。
(でも、ツカサくんは本当に有沙ちゃんと結婚するつもりでいるの? だってそれなら普通、私の部屋に来ないはず。もしかしたら、婚約者っていうのもあの子の一方的なものなんじゃ……)
彼をジッと見つめ、真意を探る。
「ねえ、ツカサくんと有沙ちゃんって、いったいどんな──」
「比菜子」
左右の扉の間で比菜子に向き直ったツカサは、唇を手の甲で隠しながら頬を染める。
そして言いづらそうに目を泳がせながら、
「俺が比菜子の部屋に出入りしてることは、有沙には言わないでくれ」
と、やっと目を合わせてそう告げた。
(……え)
胸の奥に刺すような痛みが走る。
「バレると面倒なことになるんだ」
婚約者というのは有沙の一方的なものではないか、と微かな希望を膨らませていた比菜子は頭を殴られた心地がした。
いつもならキュンとするようなツカサの照れ顔を前に、今は別の真っ黒な感情に侵食されていく。
「……わかった。誰にも言わないよ」
唇を縛り、口角を引き、笑顔を作った。
ツカサは呑気に「サンキュ」と微笑んだが、その影で比菜子の笑顔はどんどん暗くなっていく。
(……そっか。いつもと同じだ。私は誰かの一番にはなれない。そういう運命なんだ)
比菜子はいつも通りに扉を開け、「今日の夕飯は?」とはしゃぐツカサを招き入れる。
彼の背中を眺める比菜子は、瞳の奥の涙を隠したまま笑った。
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