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テーブル席に見覚えのあるキラキラしたお嬢さまが座っており、その横で店員姿のツカサが立って注文を取っていたのだ。
(……有沙ちゃん、だ……)
時折言い合いをしている様子も見えるが、自分が以前ここへ来たときに感じた周囲の女性客たちの視線が、有沙に対してはまったく違うとわかる。
「あれ彼女かな? お似合い」
「すごいかわいい。お人形さんみたい」
聞こえなくともそんな言葉がガラスの外まで漏れてくるようであった。
(……そっか……だからツカサくん、私には来るなって言ったんだ……)
胸の痛みが抑えきれず、キュッとブラウスのボタンあたりを集めて握る。
見ていられずガラスの店先から避難した。
店内から見えない位置まで移動すると力が抜けて前に進むことができなくなり、ヒールの足を止める。
肩が震え、顔を上げることができない。
頭では納得している。
ツカサにとって有沙は婚約者で、自分は家出中の家政婦に過ぎないこと。だから部屋へは出入りするが、こうして比菜子を誰かに見られるのは避けようとしているのだということ。
ちゃんとわかっている。
しかし消化しきれない感情の波が押し寄せ、切なさでパンクしてしまったそれは目じりから涙となってあふれだした。
「……なんで私……いつもこうなのかなぁ……」
手の甲で押さえても、次々に出てくる涙は止まらなかった。
すると──
「比菜子さん? 大丈夫ですか」
包み込むような優しげな声で名前を呼んだその人が、すぐ背後に立っていた。
艶のある黒髪をひとつに束ね、爽やかなワイシャツをエプロンで締めている、彼は──
「……店長さん?」
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