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振り向いた比菜子をジッと見つめる戸崎は、予想通り涙していた彼女に気づき、また一歩そばへ寄る。
「やっぱり。店内から姿が見えたので追いかけてしまいました。……なにか悲しいことでもありました?」
「い、いえっ、すみません……なんでもないんですっ」
涙を指でかき消そうとしていると、目の前に戸崎が差し出した紺のハンカチが現れる。
「使ってください」
「……店長さん……」
優しさの意図はわからないが、傷ついた比菜子の心に今はじんわりと沁みわたる。
素直にハンカチを受け取り、角で涙を吸いとった。
「比菜子さんが泣いていると僕も悲しくなります。……あ、勝手にお名前ですみません。ツカサくんがそう呼んでいたので」
「いえ! それは、全然……。すみません恥ずかしいところを見せてしまって……。ハンカチは洗って返しますね」
「そのままでいいですよ。あの、よければお家まで送りましょうか? なんだか心配なので」
「え!? そんな、店長さん、それは大丈夫ですから!」
単純な恥ずかしさから遠慮したが、すぐに自分の家がボロアパートだと思い出して首を大きく振って断固拒否する。
「そうですか?」
「はい! いつもひとりで帰ってますから!」
「ひとりで? それは危ない。比菜子さんすごくかわいらしいから誰かに狙われそうだ」
「へ!?」
穏やかな笑顔のままそんなことを言う戸崎に、比菜子は一歩後退りをした。
(ダメダメ! わかってるんだから! この人軽い気持ちで言ってるだけだって!)
わかっていても、渡されたハンカチや彼の聞き心地のよい言葉には、傷ついた心をスッと癒すような力があった。
「あの、て、店長さん……」
「さ。行きましょう」
差し出された戸崎の手をしばらく取らずにいると、やがてその手は動き、宙で迷っている比菜子の手に向かった。
掬い上げるように指先同士が触れ、拒否できずに握り合ってしまいそうになる。
(……ダメだ……なんか、拒めない……)
そのとき──
「触んな」
パシンと音を立て、彼女の手は間を割るようにして伸びてきた別の手に取られた。
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