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「……ツ、ツカサくん」
彼は戸崎と比菜子が背を向けていたチェリッシュの方向から現れたかと思うと、比菜子の手首を引き寄せリーチを縮め、ギロッと睨む。
「来るなって言ったろ、比菜子」
掴まれた手首に比菜子の全神経が集中したが、来てしまったことがバレて恥ずかしくなり、一気に熱が立ちのぼる。
「ち、ちがう、これはたまたまで……」
言い訳をしようとしたタイミングで、さらに店から誰かがやって来た。
「もう、ツーくん! いきなり外見て飛び出して行っちゃうからビックリしたよ! いったいなにが……」
息を切らしながら現れたのは有沙だった。
比菜子を見た瞬間にピタリと立ち止まり、しかも彼女の手首をツカサが掴んでいるとわかるとみるみる敵意の表情に変わっていく。
「……ツーくん。なんでこの人がいるの?」
ふたりのデートに割って入った形となったことに気づいた比菜子は、「ごめん!」と咄嗟にツカサの手を弾いた。
「比菜子?」
「私は本当に通りかかっただけでっ……。ツカサくんたちの邪魔をするつもりはなかったの」
「は? 邪魔ってなんのことだ?」
下を向いて真っ赤な目をする比菜子、ハテナを浮かべるツカサ、勝ち誇った顔で笑う有沙。その三人を「おやおや」とつぶやきながら戸崎がおもしろそうに眺めている。
続いて口を開いたのは有沙だった。
「こんばんは、ご近所のオバ様。こんなところまでツーくんに会いに来たんですか?」
「ち、ちがうっ……」
「ふーん。ねえツーくん本当? このオバ様、まるで自分のことを彼女かなにかだと勘違いしてるようだけど……もしかして、なにかあったの?」
(やめてよ、ツカサくんにそんなこと聞くの……!)
泣きそうになりながら首を振る。
しかし次の瞬間に発されたツカサの「は!?」という声が、比菜子をさらなる絶望へと突き落とす。
「なにもねぇよ! 俺が比菜子に手ぇ出すわけねぇだろ!」
ツカサは耳まで真っ赤になりながら大きな声を出して否定した。
周囲の女性たちがちらりとこちらを見ては「修羅場?」とつぶやきながら、クスッと笑って通り過ぎていく。
(……あ。もうダメかも、私)
腕を組んで様子を見ていた戸崎が「あーあ」と声を漏らしたのとほぼ同時に、比菜子の目から大粒の涙がポタポタとこぼれ落ちた。
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