第5話 ショックの嵐

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「どうしたんだ座り込んで! なにがあった!?」 (ツカサくんっ……!?) 彼の荒い吐息が耳にかかる。 小さくなった自分の体をすっぽり包むたくましい腕が、崩れ落ちそうな比菜子を力強く支えていた。 体重を預ける形となり、彼の腕は一度緩み、また労るように抱き直す。 (嘘、嘘っ……) 視界には、彼のバイトの制服である白いワイシャツの胸ポケットが見えている。 華奢だと思っていた体の感触からは今朝聞かされた〝筋肉量の増加〟というものをひしひしと感じた。 「ツ、ツカサくん、離して、もう大丈夫だから……」 本当に大丈夫か確認する時間を取った後、ゆっくりと腕がほどかれる。 圧迫感からは解放されたものの、ツカサの手は腕に添えられたまま離れなかった。 「どうしたんだよ、比菜子……」 「……ごめん。有沙ちゃんといるところに何回も現れちゃって」 向き合ってもうつむいたままボソッとつぶやく比菜子に首をかしげ、ツカサも「は?」と漏らす。 「有沙がなんだって?」 「あの子と会う約束してたから、来るなって言ったんでしょ? 私と有沙ちゃんを会わせたくなかったから」 「約束なんてしてねぇよ。アイツが勝手に調べて突然来たんだ。まあたしかに、比菜子には会わせたくないけど……」 (……そうよね) 「でも俺が来るなって言ったのは──」 「いいよ。もう私には関係ないから」 比菜子は踵を返した。 暗さに目が慣れてくると、この道はちょうどつぼみ荘の裏だとわかった。 「比菜子? おい、待てよ」 「いいからもうバイトに戻って。店長さんきっと困ってるよ」 「泣いてた理由を教えろよ! 店長となに話してた!? なにかされたのか!?」 ツカサは歩き出した比菜子を追いかけ、右手を掴む。 彼女は振り向くことなくそれを振り払った。 「ツカサくん。私ね、仕事中に私用で出てっちゃうような中途半端な行動は大っ嫌いなの。はやく戻って」 比菜子からの叱責にツカサは呆然とし、なにも言葉が出なくなった。〝大嫌い〟という言葉が重くのしかかり、制服のエプロンの裾を握りながら「あ……」と声を漏らす。 比菜子はそんな彼をひと睨みした後、ヒールの音を鳴らしてアパートへと逃げていった。 (今さら年上ぶって、なに言ってるの私) 共用玄関へ駆け込んで扉を閉め、真っ暗なままの自室のドアに背を預けてずるずると沈んでいく。 (ああ、もう……) 涙と熱を押さえ込むように、手の甲で目を隠した。 (こんなの、完全に好きになってるじゃん……私のバカ)
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