第6話 キスと溺愛宣言

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第6話 キスと溺愛宣言

その夜、八時半。 帰宅後からずっと電気を消してベッドにうずくまっていた比菜子は、共用玄関の扉が開く音にピクリと身を硬くした。 ツカサが帰ってきたのだ。 毛布をかぶりさらに丸くなると、息を潜めてにギュッと目を閉じる。 いつもなら出迎えて「おかえり」と声をかけるのだが、先ほどのショックが消えず、どう接すればよいのかわからない。 今夜は話したくない、そう思った。 その雰囲気を、彼女の部屋の前で足を止めたツカサも気づいていた。 彼は比菜子のドアを見つめノックしようと拳を出したが、すぐに引っ込める。 (比菜子……) 少し考えた後で、自分の部屋へと向きを変えた。 比菜子は彼が自室へ入った気配を感じ取り、微かな安堵と同時に寂しさが込み上げる。 つい首を動かしてドアに目をやってしまう。 この期に及んで、「どうしたんだ?」と尋ねてくれるんじゃないかと期待していた。 (もうやめよう……この気持ちを消し去らないと、手遅れになる) 頭を戻して再度目を閉じたそのとき、枕もとに置いていたスマホが「プルルル」と勢いよく鳴り出した。 「わっ」 驚いて思わずベッドの中で弓なりになり、画面が明るくて名前を確認できないまま手に取り、目を凝らしながら通話をタップする。 「は、はいっ。もしもし」 『……あ……比菜子。ごめん、いきなり』 (えっ) 再び、今度は体を起こしてドアを見た。 その向こう側から聞こえた小さな声は、電話と二重になって耳に届く。 電話を介すとツカサの声はわずかに低く聞こえ、ふいにドキンと胸が鳴った。 「ツカサくん……」 『なんで泣いてたのかどうしても気になって。俺、なにかしたか?』 しかしまったく悪気のない彼の口ぶりにはさらなる不信感が募り、比菜子は目を細めながらスマホを握りしめる。 「……べつに」 『べつにってことないだろ。ちゃんと話してくれよ』 (……話したって困らせるだけじゃん) 『俺が悪かったならすぐ直すから。なんでも聞くって言ったろ。比菜子のためならなんでもするって、マジだから』 残酷な若さに溢れた言葉の数々が胸に突き刺さる。今までこの言葉に浮かれ、そして突き落とされてきた。 悲しみでいっぱいになった比菜子は、ついに我慢ができなくなり── 「ツカサくんってさぁ! 口だけなのよね!」 電話を通りすぎてドアの向こうまで聞こえる声で叫び、ふたりしかいないこの建物をシンと静まり返らせた。
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