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「ありがとうございましたぁ」
ラッピングを担当した茶色のポニーテールの女性店員が、紙袋を篠塚へ渡して頭を下げた。
店を出てから、比菜子は「無事に買えましたね」と彼に笑顔を向ける。
「半分出してもらって申し訳なかったね、僕が勝手に言い出したのに。伊藤さんには僕と浅川さんの連名で渡そう」
「いえ、私こそ便乗させてもらって助かりました」
ミントグリーンに白いロゴが入った紙袋を中身の箱に合わせて綺麗に折り畳み、篠塚は鞄にしまった。
「あ、もう六時か。長く付き合わせてしまって悪かったね。どうしようか、夕食でも食べて帰る?」
あまりにサラッと食事に誘われ、比菜子は小さく「えっ」と漏らした。
「お家で奥さまが作ってるんじゃないですか?」
「遅くなるって連絡入れてあるから大丈夫だよ」
「あ、そうですか……」
(……ん?)
違和感に胸がざらつく。これまで向き合って話していたのに、急に篠塚の顔が見られなくなった。
(どうして、遅くなるってもう連絡してあるのかな……?)
深い意味はないはずと思い直し、「いえ、まだ早い時間なので帰って差し上げた方がいいですよ」とやわらかく断る。
「この近辺に日本酒が美味しいお店があったよね。一度行ってみたかったんだ」
篠塚はスマホを取り出し、そばで立つ比菜子の「あの……」という戸惑いの声には反応せず、近隣の情報を調べ始めた。
(なんでお酒……? 男女でも上司と部下が呑みに行くのはよくあること……? 変な意味に捉えてる私がおかしいのかな)
傍らでひとり悶々と悩み始めた彼女を横目で見る篠塚が、口の端で微かに笑う。
「じゃあ、行こうか」
そっと背中に手を添えられ、隠れ家的な居酒屋がポツポツと佇む通りへと押される。
(課長、ここら辺の土地勘なさそうだったのに……やっぱり変だよね……?)
心臓が不穏な音を立て始めるが、添えられた手に有無を言わさぬ強引さを感じ逆らえなくなる。
しかし彼が揺らす左手の指輪がキラリと光ったのが目に入ると、〝やっぱりダメだ〟という警告が頭の中に響き渡った。
「あのっ! 課長……」
「ん?」
「やっぱりまた今度にしましょう……ほら、課長はファンが多いから、誰かに知られたらいろいろ言われそうですし……」
(あっ、バカ。妙な言い方になっちゃった)
すると、背中の手はふいに肩に回され──
「ふたりだけの秘密にすればいい。……ね? わかるでしょ?」
比菜子はその言葉に脳まで侵食され、頭がサッと冷えていき表情は凍りつく。
(……また、だ……)
彼女の記憶はめまぐるしく駆け巡り、聞き覚えのある男性たちの台詞が次々に聞こえてきた。
『比菜子ならわかってくれると思って』
『俺たちの関係は秘密。いい?』
『言ってなかったっけ、結婚してるって』
(……私はどうして……いつもこうなの……?)
『比菜子は口が堅いから』
記憶の男たちと重なるように、目の前の篠塚の唇が動いた。
「浅川さんは口が堅そうだから、大丈夫だよね」
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