第6話 キスと溺愛宣言

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* * * 「ありがとうございましたぁ」 ラッピングを担当した茶色のポニーテールの女性店員が、紙袋を篠塚へ渡して頭を下げた。 店を出てから、比菜子は「無事に買えましたね」と彼に笑顔を向ける。 「半分出してもらって申し訳なかったね、僕が勝手に言い出したのに。伊藤さんには僕と浅川さんの連名で渡そう」 「いえ、私こそ便乗させてもらって助かりました」 ミントグリーンに白いロゴが入った紙袋を中身の箱に合わせて綺麗に折り畳み、篠塚は鞄にしまった。 「あ、もう六時か。長く付き合わせてしまって悪かったね。どうしようか、夕食でも食べて帰る?」 あまりにサラッと食事に誘われ、比菜子は小さく「えっ」と漏らした。 「お家で奥さまが作ってるんじゃないですか?」 「遅くなるって連絡入れてあるから大丈夫だよ」 「あ、そうですか……」 (……ん?) 違和感に胸がざらつく。これまで向き合って話していたのに、急に篠塚の顔が見られなくなった。 (どうして、遅くなるってもう連絡してあるのかな……?) 深い意味はないはずと思い直し、「いえ、まだ早い時間なので帰って差し上げた方がいいですよ」とやわらかく断る。 「この近辺に日本酒が美味しいお店があったよね。一度行ってみたかったんだ」 篠塚はスマホを取り出し、そばで立つ比菜子の「あの……」という戸惑いの声には反応せず、近隣の情報を調べ始めた。 (なんでお酒……? 男女でも上司と部下が呑みに行くのはよくあること……? 変な意味に捉えてる私がおかしいのかな) 傍らでひとり悶々と悩み始めた彼女を横目で見る篠塚が、口の端で微かに笑う。 「じゃあ、行こうか」 そっと背中に手を添えられ、隠れ家的な居酒屋がポツポツと佇む通りへと押される。 (課長、ここら辺の土地勘なさそうだったのに……やっぱり変だよね……?) 心臓が不穏な音を立て始めるが、添えられた手に有無を言わさぬ強引さを感じ逆らえなくなる。 しかし彼が揺らす左手の指輪がキラリと光ったのが目に入ると、〝やっぱりダメだ〟という警告が頭の中に響き渡った。 「あのっ! 課長……」 「ん?」 「やっぱりまた今度にしましょう……ほら、課長はファンが多いから、誰かに知られたらいろいろ言われそうですし……」 (あっ、バカ。妙な言い方になっちゃった) すると、背中の手はふいに肩に回され── 「ふたりだけの秘密にすればいい。……ね? わかるでしょ?」 比菜子はその言葉に脳まで侵食され、頭がサッと冷えていき表情は凍りつく。 (……また、だ……) 彼女の記憶はめまぐるしく駆け巡り、聞き覚えのある男性たちの台詞が次々に聞こえてきた。 『比菜子ならわかってくれると思って』 『俺たちの関係は秘密。いい?』 『言ってなかったっけ、結婚してるって』 (……私はどうして……いつもこうなの……?) 『比菜子は口が堅いから』 記憶の男たちと重なるように、目の前の篠塚の唇が動いた。 「浅川さんは口が堅そうだから、大丈夫だよね」
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