第6話 キスと溺愛宣言

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くらりと意識が遠のき、視界が黒くくすんでいく。記憶の一部を支配していたものが頭の中をキンと痛ませ、力が入らなくなった。 (私は……私はいつも……) 拒否の言葉が出ないほど息苦しさを感じたそのとき、記憶の深い闇の底で、目が覚めるような金髪がキラリと光り── 『絶対、比菜子のこと幸せにするから』 脳裏に現れたツカサの真剣な瞳が、彼女の意識を呼び戻した。 (私──本当は、ずっとそう言ってくれる人がほしかった) 目じりの熱さは涙ではなく決意の熱に変わり、気づけば比菜子は無我夢中で篠塚の胸板を突き飛ばしていた。 「ふざけないで! 大丈夫なわけないでしょ!」 一瞬、篠塚の「えっ」という戸惑いの声を聞き反射的に謝りそうになったが、自分を奮い立たせて走り出す。 「バカにしないで! 失礼します!」 ヒールの音を響かせながら、いつの間にか大通りからつぼみ荘へ続く小道へと入っていった。 流されず拒否するというミッションはやり遂げたものの、信頼していた上司である篠塚に裏切られた事実は比菜子の胸に重くのし掛かる。 堪えていた涙は、ひとりになると容赦なく決壊した。 (どうして。恋愛を始めると、相手に結婚していると明かされることが立て続けに起こった。いつだって私は大切にしてもらえる存在じゃなかった。篠塚課長とも信頼関係が築けていると思ってたのに、あっちは私を〝二番目〟にする気満々で──) 速度は全速力になる。 悔しさで疲れを感じず、一瞬で到着したつぼみ荘に勢いよく駆け込んだ。 パンプスはくつ箱にしまわず土間に脱ぎ捨てたまま、自室へ飛び込んで後ろ手にドアを閉める。 そこへ背を付け、ズルズルと座り込んだ。 (私は幸せになれない。取り柄は〝二番目〟にするのにちょうどいい口の堅さと、流されやすさだけ。私なんて。私なんて──) 「ううっ……うっ……うううう──……!」 膝に顔を沈めて押し殺しても、悲痛な叫びは体の奥底から漏れ出した。 この暗く狭い、そして古くて色気のない部屋に籠る自分、二十八歳にもなって愛されたいと泣かなければならない自分、しっかり者のふりをした寂しがり屋な自分、すべてが情けなくなった。 胸が張り裂けそうで、もう一度「うわああん!」と大きな声を出そうとしたところで、扉の外で大きく〝ガチャン!〟という音がし、息が止まる。 (えっ) 共用玄関の扉が開いた音である。 ドアはすぐに閉まり、そこからドタドタと靴下の足が板の間の廊下を駆け寄って、こちらへ迫ってくるのが音でわかった。 この建物に入ってくるというだけで、足音が誰のものかは明白だった。 (ツカサくん……!?) 音はすぐそこ、比菜子の部屋の扉を隔てたところでピタリと止まる。 一枚隔てているはずが、その息づかいはまるで耳もとにあるかのように感じ── 「比菜子。泣いてるだろ」 ツカサの切羽詰まったリアルな声に、彼女の心臓は〝ドクン〟と波打った。
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