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泣き声を落ち着かせるため折った膝を抱え、できるだけ小さくなった。
もう隠せそうにない。しかしいろいろなことが引っ掛かり、すべてを自分の中に押し込めたくなる。
「……泣いてないよ……大丈夫」
「嘘つけ。泣いてる」
わかってるならどうして聞くのと反抗的な気持ちが芽生え、比菜子はさらに口をつぐむ。
「……さっきの男、誰?」
ところが一層男らしく低くなるツカサの声に、背中がゾクッと震えた。
「……た、ただの知り合い」
「バイトの最中、比菜子がアイツになにか言われて困ってるのが見えてた。ムシャクシャしたけど、仕事を放り出す奴は嫌だって比菜子が言ってたから……すげぇ急いで、定時に全部終わらせてきたんだよ」
「そう、なんだ……ごめん。でも……」
「誰なんだよアイツ。俺がぶっ飛ばしてきてやるよ」
(……あ……)
ひとりぼっちの心に寄り添うような彼の言葉は、すぐに目もとを熱くした。
この感情の原因にツカサも少なからず関わっている。しかし、今は彼の言葉が満たされない心にギュンと入り込んでくるようで、たまらない気持ちになった。
「……ぶっ飛ばすって、ははは……」
「本気だからな、俺」
「…………ありがとう」
「開けろ、比菜子」
開けたらきっと決壊する。涙は今以上に滝のように流れ、グチャグチャのみっともない感情をツカサにぶつけてしまうだろう。
だからできない、比菜子はそう思い「大丈夫」と言いかけたが、背後で〝カチャ〟とノブの音がした。
鍵を掛けた記憶がないことを思い出した。
キイ、と控えめに扉が開けられる気配を感じ、心臓の高まりは増していく。
背中が廊下の空気に触れてほんのり冷たくなった途端、今度はそこが温かくなる。
(……えっ──)
ツカサのパーカーから香る柔軟剤の匂いが鼻をかすめたかと思うと、その腕が比菜子の体を背後から抱き締め、戸惑って崩れた足以外、すべて彼の腕の中に収まっていた。
「……ひとりで泣くなよ」
耳にかかる吐息は熱く、爆発しそうな心臓をダイレクトに震わせる。
彼の腕の中に収まるコートのままの体はまるで自分のものではないようで、混乱してチカチカと揺れる視界は部屋の入り口のマットから逸らせない。
「ツカサくん……?」
硬くなった比菜子の体を慰めて溶かすように、ツカサは腕を組み変えて抱き締め直した。
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