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これにはもう、比菜子は抗えなかった。
寂しさを埋める温もりに包まれ、近くて遠いと思っていたツカサの金髪が今は視界の横でキラキラと光っている。
(……好き)
心の奥底から漏れてきた気持ちは決定的だった。
しかし同時に、ツカサの気持ちは自分と同じではないことも知っている。
抱き締めて慰めてくれた彼への感謝、そしてあきらめも含めて、彼の中に収まったまま落ち着いて口を開く。
「……ありがとね、ツカサくん。さっきのは上司。奥さんがいるのに、私を誘ってきた悪い男です」
「なんだと……?」
「けっこう多いんだ、私。人の世話焼きがちだし、理不尽でも聞き入れちゃうし、あんまり秘密は喋らないし……。ちょうどいいんだと思う。都合がいい相手っていうか」
「そんなわけあるか。そいつらが最低なだけだろ」
答えにくい話をしてしまったと思いつつも、比菜子は今ならツカサにも本音を話せる気がした。
好きだと伝えるつもりはない。でも、ツカサとの秘密の関係を維持しているのは、苦しいのだと明かしたかった。
「でも、ツカサくんとも結果的にそうなってるじゃない?」
「は? ……俺?」
「あっはは。んもう、自覚なしですか。婚約者のいるツカサくんのお世話係してるでしょ。一応それ、不倫一歩手前だからね。まあ事情があるからしかたないけどさ」
話すと楽になれた気がし、苦笑いをしながらツカサに背を預ける。
(もう私のワガママはおしまい。ツカサくんは弟、そういうふうに思えるようにしよう)
「ごめん」と言われても「しかたないだろ」と言われても「いいよいいよ」と笑い飛ばして頭を撫でてやろう、そんな余裕を取り戻しながら、彼の返事を待っていた。
「……待てよ。なんだそれ。俺がそいつらと同じだって言いたいのか?」
(……えっ。怒ってるの?)
「いや、あの……ダメってわけじゃないよ。ていうか私みたいなオバサンのこと女だと思ってないだろうから、不倫っていうのは言いすぎだよね。ごめんごめん」
その瞬間、彼の腕の圧迫がきつくなった。
(ひゃっ……なに?)
「……なんの話だ」
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