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仕事を定時きっかりで終わらせ、会社のエントランス近くの化粧室へ駆け込んだ。
すでにすっぴんをツカサに晒してはいるものの、デートとなれば話は別だ。
ルースパウダーで肌を整え、マスカラを塗り直す。
告白をされ両想いだとわかっている。しかしそれを今日オーケーするのかどうか、まだ決意できずにいた。
鏡に映る、デートに緊張を隠せない乙女のような自分。こんな状態でツカサを拒否するなんてできるわけがない。
(半端な気持ちで付き合ったら絶対いつか後悔する。とても今日考えただけじゃ決められない。……でも、好きなんだよね……)
電車でアパートの最寄り駅まで戻った。
手首の、小振りなピンクメタリックの腕時計に目をやると、五時三十五分をさしている。
チェリッシュの方向をちらりと見た。
(ツカサくんのバイトが終わるのは六時だっけ。ちょっとぶらっとして待ってようかな)
向きを変え、駅前大通りへ戻る。
具体的な食事の場所は約束していないが、この通りにはいくらでも飲食店があった。
(たまにお寿司とかもいいよね。長く話すならファミレスもあるし、お酒飲むなら居酒屋もある。ツカサくんと行くならどこでも楽しそう)
賑やかな飲食店街に心が躍る。
同居から始まっているためツカサとは衣食住のリズムがぴたりと合っている。将来の不安を除けば、彼との生活に対して煩わしいと感じることはなにもなかった。
(これから一緒にいろんなところに行って、いろんなことしたい……)
それをするかどうかの決断を今からしなければならないことが重く、断ればその未来は叶わないのだと切なくなる。
今が楽しければいいのか。
それとも、将来を見据えるべきか。
考えれば考えるほど混乱し、足もとを見た。
(……ん?)
視界の中の、さまざまな靴が通りすぎる歩道のアスファルトに、見覚えのある白いパンプスが映りこんだ。
それは比菜子の前で止まる。
「……え」
「こんにちは、オバ様」
薄暗い中でもキラキラと光を放つ彼女は、眉を寄せて比菜子の前に立ちはだかっていた。
「……有沙ちゃん」
「お話があります。中に入れますか?」
有沙は、ちょうどふたりが立っていた横の、ガラス張りのファミレスを手で示した。
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