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以前のツカサの言葉がまったく響いていない有沙を前に、比菜子はため息をついた。
「あのね? べつに私が引き止めてるわけじゃないよ。あそこが気に入ってるんだってツカサくんも言ってたでしょ?」
「ツーくんは優しいから勘違いをしているだけです。あんなところ気に入っているはずがないし、貧乏で可哀想なオバ様に情がわいてしまっているんです」
(……なによ、それ)
「心配はいりませんわ。もちろん私も、タダで要求を通すつもりはありませんから」
かわいらしい白いハンドバッグを膝の上に置き、有沙は同じく白い手をそこへ突っ込む。
ガサッと紙の擦れる音が聞こえ、彼女の手はカレールーほどの厚さに膨らんだ白い封筒を取り出し、比菜子の前へ置いた。
「……え」
「あんなところに住んでるんですもの。オバ様、お金にお困りでしょう? これでお引っ越しなどされたらいかがですか?」
中になにが入っているのか、すぐにわかった。『美山FBC銀行』と書かれた封筒、そしてこのサイズの封筒にぴったり収まるお札がいくらなのか比菜子は知っていた。
(……そうか、この子、この銀行の……)
「……有沙ちゃん」
「これでも足りなければさらにご用意することもできます。でも、どこかで手を打たないとオバ様も困ることになると思いますよ? お勤め先はどこかしら? ご両親はどちらにお住まい? ふふふ、うちの銀行と取引がないといいですね」
比菜子は目の前の封筒に触れることも、怪しく笑う有沙に驚くこともせず、ただ手を膝の上に置いたまましばらく黙っていた。
そして思い出した。
(……もしかして)
『よくわかんないけど、いい感じだと思ってた相手にもすぐフラれる。まともに付き合ったことない』
ツカサが言っていた、絶対嘘だと思っていたあの話。
「……ねぇ有沙ちゃん。もしかして今までも、ツカサくんに近づく女の子にこういうことをしていたの?」
比菜子はか細く、しかし芯のある声で、目の前にいる彼女をまっすぐ見据えて問いかける。
その様子に有沙は「フフフフ」と漏らし、ついに「アハハハハ」と甲高く笑いだした。
「だってツーくんに相応しくない人ばかりだったんですもの! 彼が親しみやすいから皆勘違いしてしまうのよね。あんな人たちが相手ではツーくんのランクを下げてしまうから、だから私が──」
そのとき、比菜子の脳内でブチンと音を立て、なにかが切れた。
テーブルに置かれた封筒を鷲掴みし──
「ふざけんじゃないわよ!」
──有沙の顔面めがけて勢いよく投げつけた。
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