第7話 YESの決め手

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札束の入った封筒は有沙の鼻に当たってベチンと重い音を立て、顔に貼り付いてからゆっくり落ちる。 彼女の華奢な鼻は潰れ、赤く腫れた。 「なっ……い、痛いっ! なにするんですか!?」 混乱しながら鼻を押さえる有沙に比菜子は謝ることなく「なにじゃないわよ!」と怒号を飛ばす。 「ツカサくんが決めることをどうしてアンタが勝手に決めるの!? 人の恋路を邪魔して、恋愛する機会を奪うなんて!」 「喧嘩だ喧嘩だ」とざわめく周囲の視線が集まるが、比菜子は沸き上がる怒りを鎮めることはできなかった。 しかし有沙も怯んだのは一瞬だけで、すぐに立て直して言い返す。 「ツーくんは昔から選び方がおかしいんです! 今だってまったく釣り合ってないオバ様を選ぼうとしているし!」 「それでもそれはツカサくんが決めることでしょう!」 「なにも知らないオバ様こそ意見しないでください! ツーくんはひとりじゃまともな恋人を選べないから、こうして私がきちんと──」 ブチ切れた比菜子はついに身を乗り出して「バン!」とテーブルを叩く。 「ツカサくんはひとりでなんだってできるわよ!」 振動で封筒がテーブルの下へと落ちると、落ちた衝撃で中身の札束が顔を出し、それを留めていた帯封が千切れた。お札が散らばり、床に偉人の顔がズラッと並ぶ。 どよめく周囲と、目を「¥」にしながら「あ、あのぅ……」と拾うことを躊躇している店員をよそに、テーブルのふたりはバチバチに火花を散らし続ける。 「……あーらオバ様、いいんですか? 巨大銀行トップの娘である私にそんな態度取って。なにが降りかかるかわかりませんよ?」 「わかってないのは有沙ちゃんの方だよ」 「ふふふ……なにを負け惜しみを言っているんです? パパやお祖父様に頼めば、なんでもできるんですよ?」 あまりに動じない比菜子を前に、有沙はたらりと汗が一筋流れた。 比菜子はそんな彼女の様子に、ふぅ、と息をついて口を開く。 「美山FBC銀行の創業者は美山さん一族だったかもしれないけど、もうずっと前から経営陣にも頭取にもかかわっていないはずよ。有名な話だし、ホームページを見ればすぐにわかるわ」 「……へ?」 「仮に有沙ちゃんが頭取の娘だったとしても、顧客に対する嫌がらせに銀行が加担できるわけないでしょう」
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