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白熱していた横から入ってきた声に、ふたりは同時に振り向いた。
「ツカサくん!?」
「ツーくん!?」
テーブルのそばに現れたツカサは、何着かあるうちの少しだけいいパーカーを着ており、ズボンのポケットに両手を入れて立っていた。
有沙は顔を青白くして札束を膝の上に隠し、比菜子もペラペラと喋っていた口を今さら更手で押さえる。
(やだツカサくん、どこから聞いてたんだろう……!)
自分で発した言葉を遡り始め、どれも偉そうだったし赤裸々すぎたと汗が吹き出す。
「比菜子と連絡つかないから、探してた」
「ツ、ツーくん! あの、これはっ」
「有沙。いい加減にしろよ、お前」
ツカサはこれまで有沙へ向けていた態度とは一変し、鋭い視線を向ける。
それに射抜かれた有沙はビクンと肩を揺らし、そばで見ている比菜子も彼の〝怒り〟を目の当たりにして背筋が凍った。
「俺言ったよな、比菜子に失礼な真似するなって」
「ち、ちがうのツーくん、私はツーくんのことを思って……」
「うるせぇよ」
(ツカサくん……)
有沙は泣き出し、余計に修羅場と化したファミレスの一画はシンと静まり返る。
顛末を見届けようとする周囲の客は固唾を飲んで見守っていた。
「比菜子を傷つけるヤツは許さねぇって言ってんだ。謝れよ」
「……ごめんなさい。でも、貧乏な人と一緒にいる今のツーくんはまるで庶民みたいなんだもん。ご両親が知ったら悲しむと思って……」
まったく顔を見ることなく取って付けたように謝った有沙にカチンときた比菜子だが、ツカサと有沙に喧嘩をしてほしいわけではなかった。
ツカサの邪魔をし続けてきた有沙を許す気にはなれないが、彼女のツカサを好きだという気持ちだけは理解している。
それに有沙の言うことも一理ある。そう感じ、この期に及んで自信を持てずにいた。
ツカサはなにも言わない比菜子に視線を落とし、そして次にそれを有沙の隠している札束へと向ける。
「比菜子は貧乏じゃねぇよ。俺とか有沙より、ずっといろんな物を持ってる」
(……ツカサくん)
彼のひと言は、比菜子の涙腺を簡単に決壊させた。
「ツーくん……? どういう意味?」
「お前にもいつかわかる。とにかく、俺の世話だの相応しい相手だのってわめいて邪魔をするのはもうやめろ。いつまでも俺の妹みたいにくっついてないで、有沙も彼氏でも作れよ」
(うわぁ……)
「行こうぜ、比菜子」
向き合うソファ席のうち、ツカサは比菜子の方に寄り、手を差し出した。
手を取る前に、うつ向いたまま顔を上げない有沙をほんの少しだけ可哀想だと思い躊躇する。
「……有沙ちゃん。もうしないって約束してね。こういうことも、それに私の後をつけ回すようなことも。……じゃあね」
それだけ伝え、すぐにツカサに向き直り、手を取った。
(有沙ちゃん。これからも思い通りにいかないことがたくさんあるはず。それでも受け入れて、前を向いて歩いていかなきゃならないよ)
ツカサに手を引かれながら店を出た後も、ガラスからうつ向く彼女が見えている。
比菜子はもう振り向かなかった。
「……後をつけ回すって、なんのこと……?」
最後に有沙がポツリとそうつぶやいたが、その声は誰にも聞こえなかった。
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