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人通りの多い駅前通りを、ツカサに手を引かれながら進む。
繋がれた手は熱くなっている。
食事をする約束をしてはいたが、今のふたりの間のピンと張った空気は、このままレストランへ入るそれではなかった。
「……ツカサくん」
比菜子はいくつかの疑問を尋ねるように、彼の背中へ向けて名前を呼ぶ。
有沙との話をどこまで聞いていたのか、これからどうするか、今日はこのまま食事へ行くつもりなのか。
ツカサもそれを感じとり、飲食店が並ぶ駅前から出ようとする足を一度止める。
振り返った彼の顔を見て、比菜子の胸はいっそう高鳴り、頬に熱が灯った。
「……このまま家に行っていいか?」
(……わ……)
ツカサはグッと手に力を込め、比菜子に情熱的な視線を向ける。
風呂上がりのように頬は紅潮し、吐息は熱く、いつかのような〝雄〟の目をしていたのだ。
〝キスされる〟。
おそらく、ふたりきりになったらすぐに。
比菜子は視線に射抜かれながらそれを脳で感じ、体の奥がうずきだした。
「……いい、よ……」
つぼみ荘の共用玄関に着くと、そこはもうふたりだけの世界だった。
くつを脱ぎ、土間から一段上がる。するとすぐにツカサの手が伸びてきて、比菜子の腰をとらえて引き寄せた。
(ひゃっ……どうしよ、どうしよ……)
ドアのすりガラスからわずかに差す月明かりで、ツカサの整った輪郭が浮かび上がっている。
「比菜子……」
見つめられて動けなくなったところを容易く彼のパーカーの胸の中へと引き込まれた。
比菜子は胸板を弱々しく手で押してみるが、ツカサはそれさえも飛び越えて顔を寄せ、彼女と至近距離で視線を絡ませる。
吐息が交わると比菜子の瞼は甘く下がっていき、「ツカサくん……」とつぶやいた声ごと、彼の唇に呑み込まれた。
(あ……ダ、メ……)
また静かな空間に〝ぴちゃ〟という艶かしい音が響き、それは繰り返し、何度も鳴る。
舌が入ってくると足が震えて力が抜けた。
キスですべてわかった。
(全部、聞かれてた……私の気持ち……)
そう悟るともう逃げることはできなくて、じわりとうれし涙が滲む目をそっと閉じる。自らも舌をやわらかくしてゆっくりと明け渡した。
「比菜子、好き……超好き」
わざわざキスの合間にされる告白からは彼自身が押さえきれていない興奮が漏れだしていて、比菜子の脳はさらに痺れていく。
若い彼に翻弄されてばかりだと思っていた。しかし彼にも余裕はなさそうで、むしろ自分とのキスに切なくはち切れそうになっている。
「ハァッ……比菜子……」
(どうしよう、ツカサくん、かわいい……)
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