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「ヤバい……なんか俺、止まんなくて」
止め方を知らない、火が点きっぱなしのツカサが愛しくてたまらなくなるが、比菜子にもそれをリードしてあげられるほどの技量はなかった。
「ごめん、待って……私も立てない……」
ずるずるとツカサの手をすり抜け、腰が下がっていく。
ツカサもそれを逃がさないように足を折って上体を下げていくが、比菜子はうまく屈めずにストッキングの足裏が床を滑った。
「きゃっ」
「おいっ」
ツカサが慌てて抱え込もうと手を伸ばしたが遅く、比菜子の体はツルンと滑り、頭が後ろへ落ちていく。
そして「ガン!」と鈍い音がし、「ぎゃ!」という彼女の短い叫びが響く。
壁に頭をぶつけた比菜子は後頭部を抱えてゴロゴロ廊下を転がりながら、「いったーい!」とのたうち回った。
やがて痛みが引き、「ふぅ」と息をついて体を起こしてみると、ツカサが膝をついてげんなりした顔でこちらを睨んでいた。
(わ、私ってヤツは)
「……て、てへ。ごめんツカサくん」
比菜子のせいで完全に中断し、お互い熱が引き始めているのは顔を見れば一目瞭然。
「おーまーえー……わざとだろ! 俺のこと嫌なのか!」
「ちがうちがう! ほんと違う! ごめんて!」
「じゃあ仕切り直すぞ! ほらこっち向けよ!」
「きゃー! 待って待って! もう今日はなんか違うじゃん! タイミング逃した感じじゃん!」
「お前がだろ! ふざけんなー!」
ドタドタとふたり分の足音がつぼみ荘に響き渡る。
逃げ回る比菜子が廊下や部屋の電気を点けたせいで、賑やかな鬼ごっこ様子は窓の外に影になって映し出されていた。
それを外から眺めていたとある人物は、口の端を吊り上げて笑みを浮かべる。
「……ずいぶん楽しそうだなぁ」
それだけつぶやくと、その人物は夜の闇へと消えていった。
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