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チェリッシュの休憩室で、ツカサはひとりスマホを眺めていた。
画面にはネットバンクアプリの残高が表示されている。
(……よし。給料入った。家賃抜いてもかなり余裕あるから、比菜子に生活費三万渡せる)
別窓で電卓のアプリを開き、再度計算した。
これまでの期間で学んだ庶民の相場感覚はかなり磨かれている。
身近で節約を実践している比菜子のおかげで、金の使いどころもわかってきた。
『ジムの無料券!』
『ツカサくんのおかげで会社から貰えたんだ』
彼女の笑顔を思い出しフッと笑みがこぼれるが、同時に複雑な顔つきに変わった。
(……あれは絶対、金がない俺に気を使ったんだ。どう見たって今はただの〝ヒモ〟状態なのに、彼氏だからって俺を立ててる)
大きくため息をついた。
ツカサは、彼女と初めて出会った日のことを思い出す。
つぼみ荘の中を見て絶望していたとき、こんなところに住んでいるのはどんな人だろうとおそるおそるチャイムを鳴らしたのだ。
(そしたらすげぇ綺麗な人が出てきたから驚いたんだよな……。周りの大人に嫌気が差してたから、年上だとわかって八つ当たりして……俺みたいなガキなんて、相手にしてもらえないと思ってた)
年の差以上にしっかりと生きている比菜子を尊敬しつつ、ときどき垣間見える彼女の弱さに目が離せなかった。
(もっとちゃんとしてから告白するつもりだったのに、比菜子が大切にされないなんて泣くから我慢できなかった。この状況をはやくなんとかして、比菜子を養えるくらいにならないと)
ツカサはスマホの画面を、ホーム画面に入れている就活情報アプリへと切り替える。
スクロールするたびどこを見たらいいかまったくわからないほどの情報で溢れており、どの会社も、よくも見えれば悪くも見えた。
『結局ツカサくんって、ひとりじゃなにもできないじゃん!』
(……その通りなんだよな)
スクロール画面を流し見ていると、そのうちひとつの会社が目についたため会社名のリンクをタップする。
(……親父の会社だ。まだ募集してんのかよ)
彼は恨めしそうに、目を細めた。
(意地になってないでおとなしく家を継げば、胸を張って比菜子と付き合えるのかもしれない。……でも、親父の操り人形になるのは絶対嫌だっ)
載っている採用情報や会社内容を、ツカサは避けるように目を逸らす。
「やべっ、休憩終わる」
スマホをいったんテーブルに放置し、椅子に書けていた黒のエプロンを着け直すため慌てて立ち上がる。
スマホはまだ、彼が見ていたページを映したまま光っていた。
【株式会社ヘルシーネオ《三次募集開始!》】
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