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ツカサはピン来ず「偶然だろ」と返しそうになるが、彼女が本気で怖がっているためとりあえず頭を撫でてやる。
「コイツが俺を特定して見てたって言いたいのか? 考えすぎだろ」
「そんなことないよ! 今はいくらでも調べられるんだから! やだ本当に怖い……ジムはしばらく行かない方がいいね……」
「わかった、それは後で考えようぜ。今はとりあえず──」
「私も見られてるのかな? たまに視線を感じることがあったの。てっきり有沙ちゃんだろうと思ってたんだけど、もしかしたら違ったのかも……」
呼んでもまったく耳に届かない比菜子に我慢できず、ついにツカサは彼女の手首を掴み、
「おい比菜子! もうヤるぞ!」
と叫ぶ。
彼女は腕を掴まれたまま呆然とし、顔を真っ赤にして「えっ……」と恥じらったが、すぐ顔色を戻して首を大きく横に振った。
「今夜はやめておこうよ。なんか怖いもん!」
彼女の答えに、ツカサの眉間にみるみるシワが寄っていく。
「はぁー!?」
「ごめんねごめんね。でもほら念のため、今日はそれぞれの部屋で寝た方がいいと思うの」
「ヤッてから寝りゃいいだろ!」
「無理無理! 私本当にオカルト無理なの。今の気分じゃ全然集中できる気がしないもん! 日を改めようよ? ね?」
パン、と手を合わせて「お願い!」と小首をかしげる比菜子。
そんなお願い聞けるはずがなく今にも押し倒すつもりのツカサだったが、彼女の手がたしかに震えていることに気づき、グッと衝動を抑える。
肩を落として大きく空気を吸い、怒りの混じった息を吐き出した。
「……わかった。もう寝る」
(ツカサくん?)
彼は立ち上がり、比菜子をひと睨みしてから背を向けた。
ここで比菜子は初めて〝しまった〟と感じ、その背中に焦って声をかける。
「ご、ごめんツカサくん。全然、嫌とかじゃなくて、本当に怖くて……」
「いい。怖いならしかたねぇよ。比菜子が気分じゃねぇのにヤッたって意味ないし」
「ツカサくん……」
「じゃあな。おやすみ」
バタン、と音がすると、比菜子は部屋にひとりになっていた。
(……もしかして私、やらかした?)
誰かに見られているという恐怖は、一瞬にしてツカサを怒らせた後悔へと変わる。
しかし足は動かず、彼を追いかけることはできなかった。
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