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水戸は続ける。
「そのときは浅川さんにも営業企画部に異動していただき、企画に参加してもらいたいと思います。三月の昇格試験を受けて主任になった上で、四月から早乙女さんのアカウント運営のフォローを中心に……」
「待って待って! 待ってください!」
比菜子は椅子の上で仰け反ると、手のひらをブンブン振って話を遮った。
水戸はピタリと止まり、「どうぞ」と手で発言を促す。
「なんだか突然すぎて……もちろん誘ってはみますが……少し時間をもらえますか」
「もちろんです。わが社としてはぜひ一緒にプロジェクトを進めたいので、どうか説得をよろしくお願いします、浅川さん」
複雑そうな顔をしている比菜子に、加島と水戸は「そこをなんとか頼んだよ」という無言の圧力を掛けてくる。
受け取った資料をクリアファイルに入れ、比菜子は会議室を後にした。
仕事を終えて帰路につきながら、さらに考え込んでいた。
(ツカサくんは私のお願いはなんでも聞いてくれるって言ってたから、たぶん入社も前向きに考えてくれると思う。私だってツカサくんがヘルシーネオに入ってくれたらうれしいし、就職先を探していたんだからちょうどいいのかもしれないけど……)
足を止めると、冷たい風が流れていく。
(私、ツカサくんを巻き込みすぎてない?
家出中の彼を勝手に会社に入社させちゃっていいの……?)
つぼみ荘に戻っても、悶々と悩み続けていた。
ポトフを煮込みながら、結論を出せないまま時刻は午後七時になる。
(ツカサくん、遅いなぁ。バイトはもう終わったと思うんだけど)
「ただいま」
(来た!)
鍵が開いた音とともに彼の足音が近付き、比菜子は出迎えようとタオルで手を吹いてから「はーい」と自室のドアへ駆け寄る。
ノックされ、すぐに開けると──
「ツカサくん、おかえ……り……」
「ただいま」
「……え」
ポカンと口を開けた比菜子を、ツカサはじろりと睨む。
「……なんだよ」
立っていたツカサの髪は、少し短く、そして真っ黒になっていた。
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