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──ピピピピ、ピピピピ
「……ん」
からまるツカサの腕の中から、枕もとで鳴っているスマホへ手を伸ばした。
ふと目に入るふわふわとした髪は、今日は朝日に光る金髪ではなく、艶のある黒。
(ツカサくん……)
ぼんやりとしながら、彼を見て頬を緩ませた。
スマホに目を戻し、画面を引き寄せてアラームを止める。すると、普段の起床よりも三十分遅い時刻になっていた。
(……え。うそ! スヌーズ五回目? やばい! 遅刻する!)
飛び起きて着替え、なにも塗っていない食パンを頬張りながら荷物の準備をする。
ポトフの残りがあることと、ツカサはバイトが休みであることを確認し、ベッドに「ツカサくん!」と声をかけた。
「ん……比菜子? おはよー……」
猫のように伸びをした彼に「朝ごはんはポトフ温めて食べてね! 部屋の鍵開けといていいから玄関の鍵はちゃんと閉めて出掛けて!」とまくし立てる。
「おう、わかったー……」
「じゃあ行ってくるね!」
「いってらっしゃい……」
バタン!という大きな音ともに、嵐のような朝の比菜子が去っていった。
残されたツカサはポトフを目視で確認し、(食べたら鍋と皿を洗って、自分の部屋の掃除と洗濯して、玄関掃いとくか)と朝やることを頭の中で組み立てた。
起き上がってベッドの下へ一歩足を降ろすと、
(……ん?)
さっきまで比菜子の仕事用バッグがあった場所になにかが落ちていた。
それは青いヒモがついたケースに入った、顔写真付きのカードだった。
(なんだこれ、社員証か? 比菜子忘れてんじゃん。なくて大丈夫なのか?)
手にとって、よく見てみる。
今より髪の短い若々しい比菜子の写真とともに、目に飛び込んできた文字は──
【株式会社ヘルシーネオ 総務部 浅川比菜子】
(……は?)
彼は思考が停止し、立ちすくむ。
「……親父の、会社……?」
十秒ほどそのまま時が止まった後、力が抜けてポトンと社員証がカーペットに落ちた。
彼は震える手で、自分の左手首に触れる。
そこに着いている『へるすウォッチ』を外し、手の上に乗せて裏返して、液晶の裏の銀盤を見てみると──。
【株式会社ヘルシーネオ】
心臓の音は、部屋の静寂を呑み込むほど大きくなった。
ベッドの足に落ちたままのかすかな笑顔を浮かべる社員証の比菜子。
「……なんで……?」
ツカサはそれに目を向けて問いかけるようにつぶやいたが、写真の彼女はもちろん、静かな笑顔を浮かべるだけだった。
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