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第10話 膨らむ誤解
掃除も洗濯も、皿洗いも後回しにし、ツカサは彼女の社員証を握りしめたまま自室へ駆け込んだ。
今の彼の部屋は安くて簡単なグレーのラグが中央に敷かれ、その上に布団がある。そばには洋服タンス代わりにレジャーシートを広げ、畳んだ衣服を積んでいた。
キッチンにはフライパンひとつとスポンジ、深皿が一枚。
これでたまに袋入りのラーメンを作る。
大学の書類やここへ来てから増えた物は部屋の隅に無造作に放られていた。
(どこだ。どこだ)
ツカサはその無造作ゾーンにしゃがみこみ、手でかき分けていく。
(あった)
まず手に取ったのは、へるすウォッチの申込書の控え。二枚複写になっていた片割れだ。
下の方に、小さく【株式会社ヘルシーネオ】の記載がある。
(マジかよ、よく見てなかった……)
再びかき分け、次に手にしたのは比菜子と行ったジムの無料券。
第一回目に利用済の判が押されたものが返されている。
そこには【株式会社ネオフィット】と記載があった。
(ヘルシーネオじゃない)
ツカサはスマホを取り出し、会社名で検索する。
「……関連会社だ」
ついでにそのまま『へるすた』を検索エンジンに入れ、検索をタップする。
【へるすたとは、株式会社ヘルシーネオが運営する健康促進を目的としたSNSアプリである】
ツカサは呆然とし、スマホ画面を見つめたまま布団に座り込んだ。
(……比菜子はヘルシーネオの社員で、今まで勧められたものは全部親父の会社の商品だった)
ドクン、ドクンと、心臓が激しく音を立てる。
(……偶然なのか?)
突然に飛び込んできた事実に、目もとがひくひくと動いた。
スマホ画面は暗転し、自身の姿が反射した。
家出をしたときとはまるで違う自分が、そこにいる。
自分でもわかるほどに顔つきは柔らかくなり、社会人らしく髪は黒く整えられ、規則正しい生活で背筋もしゃんと伸びている。
すべて比菜子がきっかけで変わった。
それはまるで〝理想的な御曹司〟のように出来上がっていて──。
(……偶然じゃなかったら……? 全部知ってて、俺とこうなったんだとしたら……)
浮かんだひとつの疑惑が胸に押し寄せたとき、
『ツカサくん、大好き』
ふと、彼女の顔を思い出した。
(……いや、そんなはずない。偶然だ。比菜子は知らなかったんだ。俺も比菜子も、一度もお互いの会社について確認しなかった。俺が気づかなかっただけでべつに比菜子は勤め先を隠してるわけじゃなかったんだし。俺たちが出会ったのは偶然で、親父の会社は関係ない)
ツカサは、頭の中の比菜子に問いかけた。
(そうだよな……? 比菜子)
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