第1話 ツカサくん襲来

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「ハァ、ハァ……」 (聞き間違いじゃない、ツカサくんの声! なにやってるんだろう) なぜか声を掛けられず、代わりに比菜子はピッタリとドアに耳を押し付ける。 「うっ……ハァ、ハァ、あっ……」 (え……?) 「ハァ、ハッ……んん、ハァッ……」 (やだっ……これ聞いちゃダメなやつだ!) 口を押さえて息を殺し、体までドアの表面に密着する。 ( 二十二歳の男の子なんだから、そりゃそういう気分のときもあるわよね……! ああ! 気になって耳が離せない!) 「……ハァ、ハァ……誰か、いんのか……?」 (え!?) 「悪い、俺、立てな……い……」 すると彼の声はぷっつりと止み、息苦しそうな吐息だけが再開する。 (まさか……) 「ツカサくん!? 大丈夫!?」 比菜子は反射的にドアノブに手をかけ、ガチャガチャと回した。 すると、予想外に簡単に開く。 (おバカ! 鍵開いてるじゃん!) こうなりゃしかたない、と思いっきり開いて中に押し入った。 扉を開けると、そこは──。 たしかにそこには昨日の美男子がいたのだが、全く想像していなかった光景が広がっていた。 「な、なんじゃこりゃ……!」 部屋には家具もなければカーペットもなく、それどころかカーテンすらない。 五帖のむき出しの床があるだけで、それは比菜子が三か月前に越してきたときに見ただけの、薄汚れたなにもない部屋だった。 「ちょっと!」 「……ハァッ……寒い……熱い……」 その、なにもない部屋の真ん中に、ツカサは丸まって横になっていた。 昨日着ていたジャージのまま、ファーのついた上着を一枚かけて苦しそうに唸っている。 大量の汗をかき、顔は真っ赤である。 「バカ! なにやってんのよ」 「……うう……頭いてぇ……」 彼はつらそうに首をもたげて比菜子の顔を見上げたあと、その首をゴロリとまた板の床に預けた。 (この子まさか、こんなところで一晩寝てたの? 引っ越しの音がしなかったのは、なにも持ってきていないから? ……ええい、今はどうでもいいっ) 状況が掴めず混乱するが、とりあえず目の前に転がる急病人に比菜子は迷いなく駆け寄った。 「ツカサくん。ほら、私の部屋連れてってあげるから、がんばって起きて」 ツカサはうずくまったまま首をプルプルと振り、大丈夫だと意思表示をしている。 「言うこと聞いて。ここじゃ治るものも治らないから」 比菜子は強引にツカサの懐に入り込み、腕を持ち上げ、それを肩へ回した。 ツカサの体型は平均的な男子より細身だが、それでも比菜子にとっては、ずっしりと重かった。
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