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「ハァ、ハァ……」
(聞き間違いじゃない、ツカサくんの声! なにやってるんだろう)
なぜか声を掛けられず、代わりに比菜子はピッタリとドアに耳を押し付ける。
「うっ……ハァ、ハァ、あっ……」
(え……?)
「ハァ、ハッ……んん、ハァッ……」
(やだっ……これ聞いちゃダメなやつだ!)
口を押さえて息を殺し、体までドアの表面に密着する。
( 二十二歳の男の子なんだから、そりゃそういう気分のときもあるわよね……! ああ! 気になって耳が離せない!)
「……ハァ、ハァ……誰か、いんのか……?」
(え!?)
「悪い、俺、立てな……い……」
すると彼の声はぷっつりと止み、息苦しそうな吐息だけが再開する。
(まさか……)
「ツカサくん!? 大丈夫!?」
比菜子は反射的にドアノブに手をかけ、ガチャガチャと回した。
すると、予想外に簡単に開く。
(おバカ! 鍵開いてるじゃん!)
こうなりゃしかたない、と思いっきり開いて中に押し入った。
扉を開けると、そこは──。
たしかにそこには昨日の美男子がいたのだが、全く想像していなかった光景が広がっていた。
「な、なんじゃこりゃ……!」
部屋には家具もなければカーペットもなく、それどころかカーテンすらない。
五帖のむき出しの床があるだけで、それは比菜子が三か月前に越してきたときに見ただけの、薄汚れたなにもない部屋だった。
「ちょっと!」
「……ハァッ……寒い……熱い……」
その、なにもない部屋の真ん中に、ツカサは丸まって横になっていた。
昨日着ていたジャージのまま、ファーのついた上着を一枚かけて苦しそうに唸っている。
大量の汗をかき、顔は真っ赤である。
「バカ! なにやってんのよ」
「……うう……頭いてぇ……」
彼はつらそうに首をもたげて比菜子の顔を見上げたあと、その首をゴロリとまた板の床に預けた。
(この子まさか、こんなところで一晩寝てたの? 引っ越しの音がしなかったのは、なにも持ってきていないから? ……ええい、今はどうでもいいっ)
状況が掴めず混乱するが、とりあえず目の前に転がる急病人に比菜子は迷いなく駆け寄った。
「ツカサくん。ほら、私の部屋連れてってあげるから、がんばって起きて」
ツカサはうずくまったまま首をプルプルと振り、大丈夫だと意思表示をしている。
「言うこと聞いて。ここじゃ治るものも治らないから」
比菜子は強引にツカサの懐に入り込み、腕を持ち上げ、それを肩へ回した。
ツカサの体型は平均的な男子より細身だが、それでも比菜子にとっては、ずっしりと重かった。
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