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「な、なるほど~、全部社長だったんですねぇ」
(あの日も、あの日も、あの日もか!)
日記へのコメントだけでなく、アパートの周辺を追い回されたことや視線を感じたことを思いだし、なんて人騒がせなオジサンなんだとげんなりする。
「きっとツーくんは自分が使ってるサービスがヘルシーネオのものだって知らないんでしょう? ねえねえ、浅川さんから見てどう? ツーくん、会社に興味持ってくれてるかな?」
「んー……ど、どうでしょう」
「こっそり入社を促すように企画部からも言われなかった? 僕が頼んだんだ。でもまだ話してくれてないよね? どうしてだい?」
(それもか!)
社長はしっかりとした外見だが、乙女ちっくな仕草によって徐々に崩れていく。
「……ツカサくん、アルバイト始めたんです。自立しようといろいろ頑張ってて。だから、今が正しいタイミングなのかどうか……」
「知っているよ。チェリッシュだろう? でもあれは、かわいらしい顔をしているからなんとかカフェ店員をやっていけているだけで、実際の社会ではうまくはいかないさ。フリーターを続けるより入社してしまった方がツーくんのためにもいい」
(む。……なんで? ツカサくんなりにがんばってるのに。親の会社に入ることなんて、そんなのいつでもできるじゃん)
「そんなことはないと思いますけど……」
「浅川さん! 頼むよ! ……たしかに僕はツーくんとの関わり方を間違ってしまった部分があると思っているんだ。でも、僕はヘルシーネオという会社を息子に押し付けたいわけじゃない。ただ純粋に、自分でもいい会社になったと思っているんだ。それを知ってもらいたいだけなんだよ……」
ウサギの耳が垂れるように、彼は頭を落としてソファの背もたれに項垂れた。
(なるほど、そっちが本音なのね。息子に認めてもらいたいってこと)
やっと家族らしい素直な言葉が聞けて、安心した比菜子はクスッと笑みをこぼす。
すると社長はおもむろに、隣に置いていた鞄に手を入れ、畳まれたハンカチを取り出した。
まさか泣き出して涙でも拭くのかとギョッとした比菜子は、「社長?」と短くつぶやくが、彼はなにやら、そのハンカチをテーブルの上に丁寧に置く。
(……ん? なんか、ぶ厚い?)
ハンカチにしてはボリュームがありすぎる。なにかをハンカチで包んでいるのだとわかった。
彼はそれを皮を剥く要領でハンカチを一辺ずつ取り払っていき、ついに中身が姿を現す。
『美山FBC銀行』
既視感のある封筒。
社長はそれを、おずおずと比菜子の方へ向け、差し出した。
「悪いね、急だったから封筒のままで申し訳ないんだが……。今までお世話になってしまった分と、あとこれからいろいろお願いする分のお礼なんだけど……受け取ってもらえるかい?」
(見たことある光景なんですけどー!)
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