254人が本棚に入れています
本棚に追加
(なんで比菜子と親父が……? こんなところで会う仲なのか……?)
ツカサは咄嗟に、街路樹の影に隠れた。
(……比菜子……)
彼女を信じる気持ちがガラスに跳ね返り、じりじりと溶けていく。
* * *
(ほんとに、なんで金持ちは挨拶代わりにお金渡すのよー!)
現金封筒には手を触れず、比菜子は「いただけません」と きっぱり断った。
「どうしてだい? ツーくんにいろいろと立て替えてくれたりしたんじゃないか?」
「それはちゃんとツカサくんから返してもらっています。アルバイトできちんと稼いでますから、今は家賃も食費も困ってないですよ」
「うーん……でも」
「それに知ってしまった以上、私の職場がツカサくんのお家だったことはいずれ彼に話します。社長が入社を望んでいることも伝えますが、そこを私が説得して協力する……というのはお約束できません。ツカサくんの意向を聞いてみないと」
比菜子は慎重に言葉を選びながら、頭の中でどちらも裏切らないやり方を模索する。
表情が固くなっていく彼女を前に、社長は「そうだね」としょんぼり返事をした。
比菜子は、社長とツカサが互いの言い分を正しく伝え合っていないのだと感じとり、割って入っていいものか思い悩む。
そして決意し、「……あの」と口を開いた。
「私から見て、ツカサくんは自分で決めたことを全うしようとする立派な人だと思います。お父さんの会社を継ぐことも、やるならきっちり責任を持ちたいんじゃないでしょうか」
「……え?」
「なにもできないんだから会社を継ぎなさい、って言われたのは悔しかったと思います。少なくとも私には……ツカサくんはいつも前向きで、途中で投げ出したりしない、なんでもできる人に見えますよ」
言い終わり、ゴクリと息を飲む。
(実のお父さんに、ポッと出の私なんかが生意気なこと言っちゃった。ダメだったかな)
最初のコメントを投稿しよう!