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外で様子を見ていたツカサは呆然とした。
ふらりとよろけながら植木から離れる。
(……嘘だろ……受け取ってた。額を減らしてたけど、それでも親父から金を受け取ったよな……)
絶望に包まれ、視界はぼんやりと揺れる。
こめかみがツンと痛み、これ以上見ていられなくて大通りを引き返した。
比菜子と社長はそんなことにはまったく気づかないまま、最後に出てきたケーキだけを平らげ、やっと店の外へ出る。
「じゃあ、いろいろすまなかったね、浅川さん。スーツと入社の件、それとなく伝えてみてくれれば」
「わかりました。あとはツカサくんしだいということでお願いします」
お辞儀をした比菜子が顔を上げると、社長はニコリと微笑む。
「ツーくんと付き合っているんだろう?」
「へっ……」
言うタイミングを逃していたが、やはり勘づかれていたと観念する比菜子。
悩ましげに眉を下げながらも、さらに深くお辞儀をする。
「……はい」
「そんなかしこまるようなことじゃないよ。ツーくんあんなにかわいいのに全然恋人できないから心配してたんだ。わが社の社員で、それも浅川さんのような優秀な女性となら、とても安心だ」
(いろいろ違うけど……でも、うれしい)
「ありがとうございます……」
「応援しているからねっ」
ガッツポーズをされ、心の中で「ひええ」と叫んだ比菜子。
しかし最後に、思い出したように彼に告げる。
「これからはなにかあれば私からきちんと報告しますので、後をつけ回したり監視するようなことはしないでくださいね。ちょっと怖かったんですから」
「ん?」
「約束ですよっ」
「んん、うん」
これで本当に最後だとばかりに社長へ三度目のお辞儀をし、「では」と背を向け、軽やかに去っていく。
つぼみ荘の方向へ消えていった彼女を見送りながら、社長は首をかしげた。
(僕がアパートを見に行ったのは一回だけだけど……。なんのことだろう? まあ、いっか)
彼も踵を返し、駅へと去っていった。
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