一(六)

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一(六)

 自宅に戻り、洗面所で手を洗い、姿見に身を映すと、初老の小太りの女が立っていた。  ハリのない肌、皺の目立つ目元口元、年を取るごとに化粧では誤魔化しきれなくなってきている。  それなりに努力はしていても、年月には抗えない。  義母の喜寿祝いには親戚縁者が大勢集まることになっている。  一体なにを着て行こうか。  涼香はクローゼットへと足を運んだ。  昨年、急な不幸がありクローゼットの奥から喪服を引っ張り出したのだが、着てみると二の腕やウエストがパンパンだった。  買ったのは数年前だったが、当時はまだまだ余裕があったのに、いつの間にかワンサイズ上がっていた。  年々代謝が落ちている上に、子どもたちがそれぞれこの家を離れ、夫婦二人切りになってから、いつしか食で寂しさを埋めるようになっていたのだ。  だが咄嗟に買い替える暇などなく、取り敢えず薄手の下着に変え、ウエストはゴムを使ってホックに余裕を持たせ、それでどうにか乗り切ったのだった。  簡単に体重や体型が元に戻るのは、三十代くらいまでだった。  四十を過ぎると、多少間食を減らしたくらいでは元に戻らず、さらに運動をしたり、カロリー制限をしたりしなければならなくなった。  だがもともと怠惰な性格の涼香には、そういった努力は長続きせず、いつしかどうでもよくなってそのまま。今では体重計を見ることさえしなくなっていた。  この日、本当は新しいスーツを選びたかったのだが、とても直人にそんなことを言える雰囲気ではなかった。
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