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二(二)
前日の夜、ぽつぽつと降り始めた雨は明け方には止んだ。
着替えを済ませて階下に降りると、先に支度を済ませていた直人が、
「今度は、前みたいに、背中のホックが閉まらないって、泣きついて来なかったんだ」
ネクタイを直しながら鏡越しに言った。
昨年、急遽喪服を着た際、背中のファスナーがきつくて直人に手伝ってもらったことを覚えているのだ。
「この一ヶ月、頑張ったもの。ファスナーなんて余裕で閉まったわよ」
「ふ~ん」
この日選んだのは、紺色のスーツスカートだった。
昨年第一子を出産した長女の、結納の時に用意したものだった。
サイズは喪服と変わらない。
もう四年ほど前のものになるが、もしダイエットに取り組まなければ、まともに着られなかっただろう。
努力の甲斐が合ったと胸を撫で下ろし、荷物を手に取ると、
「それ、おれが持とうか?」
直人がふいに、義母への贈り物が入った紙袋を指差した。
「え? いいの?」
自分から「持とうか」などと言うのは珍しい。
直人は黙って涼香の手から紙袋を受け取り玄関へ向かった。
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