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好きって言ったらくれますか
「あー、それ新作のチョコー!」
柚はいつもバタバタと駆けよってくる。小柄でふわふわの髪を揺らして走ってくるから、なんだかハムスターのようだ。
今だって昼休みの教室に駆け込んでくる姿を見て杏也は、かごの中でくるくると走っている姿を簡単に連想させてしまっていた。
「ゆったん、おかえりー。先生の呼び出しなんだった?」
柚に手を振りながら、机を挟んで向かいに座っていた実久が聞く。
「えー? なんかね、学校の中ではチューしちゃだめって」
そう言いながら柚は杏也の膝に腰掛ける。
「おい、ナチュラルに座るな」
「いーじゃーん。杏也の膝座り心地いいんだもーん。ここだーいすき!」
しかも背もたれ付きー、とこちらに背中を押し付けられ、杏也がため息を吐く。
「あ、あとね、新作チョコもすきー。実久ちゃん、あーん」
柚はそう言いながら、机を挟んで向かいに座っていたクラスメイトの実久に口を開ける。
「もー、しょうがないなー。ゆったんの『好き』には誰も敵わないよ」
そう言ってチョコを放り込むと、柚が舌先で実久の指先を舐める。
「ちょっ、ゆったん、あたしの手まで食べないでよ」
「あはは、ごめーん。それ実久ちゃんが舐めたら間接キス、だね」
「舐めるか! 大体ね、ゆったんは色々緩すぎるのよ。誰にでも好きって言って、挙句キスまで許して」
実久が指先をウェットティッシュで拭いながら言う。全く実久の言う通りだ。
僕これ好きー、だからちょーだい、と誰彼構わず言っては貰ってきて、見返りにキスして、と言われればしてしまう。それが目立つから今回だって呼び出されたのだろう。
「だって好きって言ったらくれるんだもん、みんな」
言いながら柚が杏也を見上げる。杏也はその視線から逃げるようにそっぽを向いた。
「まあねぇ。ゆったん可愛いし、弟っぽいし。杏也だってそう思ってるから許してるんでしょ?」
椅子代わり、と実久が言う。杏也はそれに、いや、と返した。
「弟、とは思ってない。うちの弟はもっとまじめで出来る子だから」
「あはは、確かに! モモちゃん今中二だっけ? おれより大人よね」
「桃也な。柚、あいつに餌付けしてるだろ」
飯食わなくなるから止めてくれ、と言うと、柚と実久が、出たブラコン、と笑う。
「ブラコンじゃない」
「でもモモちゃんのこと大好きじゃん? だからお菓子あげてんの」
そう言いながら柚が杏也の膝から飛び降りる。
「いや、意味分かんねえし……」
「杏也、放課後家に行ってもいい?」
「いや、ひとの話……」
「おれ杏也の部屋好き」
こちらを振り返り、満面の笑みを向ける柚に杏也はため息を吐く。
「好きにしろ」
そう言うと、やったー、と柚が両手を上げて喜ぶ。じゃあ後でね、と離れていく姿を見ながら、杏也は小さく笑った。
「今日もゆったん可愛いね、杏ちゃん」
向かいでやり取りを見ていた実久が笑いながら杏也を見上げる。
「……うっせ」
「ホント、ゆったん遠回りで可愛い。素直に杏ちゃんのことが好きって言えばいいのにね。そしたらすぐゆったんのモノでしょ、杏ちゃんは」
実久の言葉に杏也は笑う。
確かにそう。これだけアピールされて杏也も柚の気持ちに気づかないはずがない。好きだと言われたら柚のモノでもなんでもなってやるつもりではいる。
けれど今はまだ、気づかないふりをしていたい。
「よその女とキスしてるうちはダメだな」
ずっと俺のことで頭の中をいっぱいにしてればいい――そう思う自分は、もう柚のモノなのかもしれない。
杏也はそんなことを考えながら小さく笑んだ。
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