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愛鍵《あいかぎ》
ピピ、という音が辺りに響いて、近くに止まっていた車のハザードランプが点滅する。
それを見て、高木はとにかく驚いた。
高木は二か月前に、付き合っていた彼女と別れた。
高木くんにはこんな車で迎えに来てほしいな、なんていう言葉に惑わされ、三百万の借金をして買った車を二年乗っただけで、一か月前に売った。
そして今日、その車のスペアキーが冬物のコートから出てきて、車を売った店へと来たのだ。
だから鍵のボタンを押したのは、ほんの出来心だった。まさか、自分が売った車がそこに今もあるなんて思わないだろう。もう使わないかもしれないけれど、自分のところに鍵だけあるのは変な気がするから返そうと思っただけだ。
「お客様……?」
車の近くに居た店員が驚いてこちらに駆け寄る。
「あ、あの、今日鍵を返しに来るって伝えた高木です……この間、それ売った……」
高木がそっと車を指さすと、店員は納得して頷いた。
「……もしかして、高木か?」
店員に鍵を渡そうとした高木に、そんな声が掛かり、顔を上げる。そこにはスーツを着た男が立っていた。
背が高く、手足もすらりと長い、そんな体に男らしい切れ長の目と整った鼻筋が揃う顔を兼ね備えた、中性的で背の低い自分が羨んでも手に入らなかったものを持っているその人は、見覚えがある。
「……宮沢……?」
「思い出してくれた? 高校の時、一緒に図書委員やったよな」
そう言われ、高木は俯いて、こくりと頷いた。
「お知合いですか?」
店員に聞かれ、宮沢が頷く。
「高校の同級生です……これ、高木の車だったの?」
「ああ……この間売ったんだ」
「へえ、いい車なのに手放したんだ。じゃあ、俺、これ買います」
宮沢の言葉に、高木と店員の驚いた声が重なる。
「み、宮沢……?」
「よろしいんですか……?」
「うん。だって、前のオーナーが高木なら雑には乗ってないだろうし、通勤用にちょうど欲しかったんだ、このサイズの車」
そう言って宮沢がこちらに微笑む。その顔を見て、高木はふい、と視線を外した。
確かに宮沢とは高校の頃、図書委員として一緒に仕事をしていた。
放課後、閉館した後の図書室――二人きりの書架の間でしていたことは図書整理などではなかった。
「……んっ、みや、ざ……も、やだ……」
制服のシャツを大きく開かれ胸を唇でもてあそばれる。何度もこうされているうちに敏感になったそこは、舌先で突かれるだけでぷつりと立ち上がる様になってしまった。
「やじゃないだろ? こっちも見せて」
宮沢が高木の胸にしゃぶりつきながら言う。その手は高木のベルトに掛かっていて、それを器用に片手で外すとそのまま下着の中に手を入れた。
「やっ、やだ……」
「そんなこと言いながら、もうガッチガチ。もっと触って欲しい? ここで止める?」
ぴたりと手を止め、胸から唇を離して、宮沢がこちらを見下ろす。書架に掴まってないと立っていられないほどにひとの中をかき回しているくせに、宮沢はいつもこんなふうに意地悪な事を言うのだ。
こちらが、もういい、なんて言えないのを分かっている。だから、腹立たしい。
「……もっと、して……」
どうしようもなくて高木が小さく言うと、宮沢は嬉しそうな顔をして、高木のパンツを下着ごとずり下げる。
「ここ掴まってて」
宮沢はそう言って高木の体をまわし書架に掴まらせると、後ろから抱きしめた。指先で胸の粒を捏ねると同時に中心を扱く。
「あっ、やっ、やだ、そんなに触らないで……」
「いきそ?」
「ん、いっちゃ……」
高木が頷くと、宮沢は手を止め、中心をぎゅっと握った。それから後ろへと指をしのばせる。
「まだいかせない。俺と一緒な」
ぐちゅぐちゅと卑猥な水音が辺りに響く。恥ずかしくて耳を塞ぎたいのに、それに自分の喘ぎも混ざってしまって、もう恥ずかしさを越えて訳が分からなくなる。
「も、無理……そこ、もう触らないで……」
男もナカで感じること出来るんだよ、なんて言われてこんなことをされ始めたけれど、宮沢の言う通りで、その長い指が手前の方を擦るたびに全身にびりびりと快感が貫いていく。それが気持ちよすぎて、今は逆に怖いくらいだった。
床にパタパタと落ちる自分の先走りを見つめながら、高木は口を開いた。
「おねがい、宮沢……も、いかせて……」
振り返ると、宮沢が嬉しそうな顔をして、そっと近づいた。噛みつくようにキスをしたと思うと、後ろから指を抜き、代わりに宮沢の熱が入り込んだ。
「んっ、んっ、んっ――!」
中心を握っていた手が上下に動くと同時に、宮沢の熱でナカを擦られる。もう少しも我慢なんかできなかった。
「あーあ、高木……本にぶっかけたの? だめじゃん」
「だっ、て……お前が……」
キスを止めた宮沢がすごく嬉しそうに高木を詰る。高木は恥ずかしくて悔しくて泣きそうになりながら反論した。
「ま、そのために全部の本にブッカー掛けてるんだけどね。あとで二人できれいにしよ、高木」
もう一度優しいキスをされ、高木はその腕に体を預けた。
宮沢とはそんな関係だった。付き合っていたわけじゃないし、卒業と同時に連絡を取ることもなく、あの日々は遊びの延長だったのだろうと、今なら思う。
だからこそ、今頃になって会いたくはなかったのだ。
「高木、こうして会ったのも何かの縁だし、また遊んでくれる?」
宮沢が艶のある笑みを浮かべる。高木はそれにふい、とそっぽを向いて、断る、と答えた。
「……お前の遊びには付き合えない」
「……遊びじゃなかったら、付き合ってくれる?」
そう言われ、高木は驚いて宮沢に目を向けた。その顔が穏やかに笑む。
「そんなの……お前しだいだろ」
高木はそう言うと、持っていた鍵を宮沢に投げた。放物線を描いて、それが宮沢の手の中に落ちる。
「今度、この車で迎えに行くよ。スマホの番号、変わってないだろ?」
宮沢が嬉しそうに微笑む。高木はそれから視線を外して、ため息を吐く。
「おれが面倒くさがりなの、知ってるだろ」
それだけ言うと、高木は踵を返し帰路についた。
近い将来、自分が乗っていた車で迎えに来るだろう宮沢を想像して、高木は小さく微笑んだ。
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