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不安の始まり
「美流玖こっちだ」
心愛は親友の右手を引っ張り、ナースステーションと書かれた角を曲がった。
「ま、待って、心愛ちゃん」
美流玖は親友の手に助けられ必死に足を回転させながら、大きくカーブを描きながらついていく。
「待ってなんかいたら殺されるよ!」
二人の背後からは、カーキ色のボロボロのポンチョを羽織り顔にはガスマスク、手には血が滴る大鎌を持ったまるで死神のような奴が追いかけてきている。
「さっきの見たろ!
助かりたきゃ走るしかないよ!」
先程待合室で複数の死神が次々にプレイヤーを襲った姿を思い出させて発破を掛ける。
「で、でももう足が……」
必死に回転させていた足も度々絡まり始め、心愛の引っ張る手にも負担がかかってきていた。
「ここに入るよ!」
左側にあった扉を蹴り開け、美流玖を抱きかかえて転がり込み、
「手伝って!」
心愛はスッと立ち上がって扉を閉め、死神が入って来ないように両手を広げて扉を押さえる。
「う、うん」
指示通りに美流玖は立ち上がり、心愛の下に入って過細い両腕を広げて扉を押さえる。
「入って来ないで……
入って来ないで……」
美流玖の小さな声の祈りが届いているのか、扉の向こうに死神の気配は感じるものの、中に入って来そうな気配はなかった。
「ちっ、また女かよ」
背後からの唐突の声に、
「だ、誰!」
二人はビクつき、背中で扉を押さえて振り返った。
三十代であろう綺麗な女が煙草を咥え立っている。
胸元の開いた白いブラウスにスリットの入ったタイトなロングスカートがよく似合っている。
女はヒールの音をコツコツと立てながら二人に近づき、
「こんな場所で誰もクソもねぇだろ」
肺の中に溜めていた煙を二人に向け吐きかけた。
「言葉遣い悪いわよソープ。
そんなことだと若者に嫌われるわよ」
ソープの背後からまた一人女が現れる。
小柄な体に真っ黒なゴスロリファッション、胸にはクロスのネックレスを付けている。
「はん、こんなガキの女に好かれたって何の役にも立ちゃしねぇだろ」
ソープは美流玖と心愛の制服姿に溜息をつく。
ゴスロリの女はソープの言葉を無視し、
「死神は入って来なさそうだから扉から離れても大丈夫よ」
笑顔で中に招き入れてくれるゴスロリの女の顔には、おでこや目尻に幾本物皺が寄せられていた。
「ガキの女に、変態ババァ、これじゃあここから抜け出すなんて夢のまた夢だな」
ソープは短くなった煙草を床に投げつけ、ヒールの踵で火を消して悪態をつく。
「変態ババァって私のことかしら?」
ゴスロリの女は笑顔のままでソープに尋ねる。
「あぁ、あんた以外に誰が居るってんだ?
訳の分からない格好に名前がロリコン、ふざけやがって!」
二回りは歳上であろうロリコンの顔に近づき、目を細めて睨みつける。
二人には自己紹介をするほどの時間があったんだ、と心愛は理解し、
「私はココア、この子はミルク、高校二年生。
今の現状を考えたら争ってる場合じゃないと思いますけど」
自分達の自己紹介と、落ち着きを取り戻すよう二人に詰め寄る。
「はぁ?受付ロビーでの惨劇を見たろ!
ここから出たら私達もあぁなるんだぞ!
落ち着いてなんかいられるか!」
数十分前、【CHOICE上級編】に参加した百名ほどの内の半分は、集合場所だった受付ロビーで死神に狩られていた。
「じゃあ、あなたはそうやって他人に八つ当たりして無駄な時間を過ごすって言うの?」
冷たい目線をソープに向ける心愛。
「ちょっ、ちょっと……」
美流玖は止めあぐね、
「答えが見つからないうちは、心を吐き出すのもいいんじゃない」
ロリコンは笑顔で呟く。
「私に喧嘩売ってるってんなら買ってやるよ!」
ソープが心愛の胸ぐらを掴んだ瞬間、全員の携帯電話が鳴った。
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