帰宅後の月曜日「おかえりなさい」

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帰宅後の月曜日「おかえりなさい」

昼の作業も滞りなく進んだ。 それなのに家に着いた時刻は20時だった。 俺の横では月曜日が映画「リング」の主題歌を口ずさんでいる。 出勤に1時間。 仕事が終わったのが18時。 本来なら19時には家に着いていた予定だ。 残業があったわけではない。 仕事でトラブルがあったわけでもない。 帰る間際に先輩に捕まって下らない話を聞かされただけだ。 本当に下らない話だった。 休日に自分たちがどれだけ充実したリアルを過ごしたか。 友人や恋人のいることがどれだけすばらしいことか。 それらを持たないのがどれだけ下らない人間か。 それは勤務態度にも表れていて。 そんな勤務態度だから友人や恋人ができなくて。 そんなだから下らない人間で。 下らない人間であることが勤務態度に表れていて。 以下ループ。 ああいう人間からは日曜日を没収するべきだろう。 ただでさえ疲れる月曜日がさらに疲れる。 そもそもが、月曜日だからあれにからまれたのだ。 それを考えるなら、月曜日の存在こそが。 「おかえりなさい」 玄関で立ち尽くして俺に、月曜日が声をかけてきた。 何故こいつは、笑顔なんだろう。 俺がこんなに苦しんでいるというのに。 こいつは毎週毎週、しょうこりもなく俺の前にやってくる。 俺の前に苦痛を運んでくる。 月曜日さえ、来なければ。 電気の付いていないまっくらな玄関。 気付くと、俺は月曜日の首に手をかけていた。 その首は細い。 月曜日からの抵抗はない。 ただただ、悲しそうな目で俺を見る。 哀れむような目で、俺を見る。 目が合う。 月曜日の首筋から俺の手が離れた。 今朝の情景が思い浮かぶ。 熱はないかと心配して、額に手を置いてくれた。 その時の手の温かさを思い出せば、月曜日を殺すことなど俺にはできなかった。 「君は、わたしが嫌いなんだよね」 「そうじゃない」 「わたしはいない方がいいんだよね」 「そうじゃない」 「わたしは君を不幸にするんだよね」 「そうじゃない!!」 自分でも驚くほど大きな声が出た。 本当は分かっていた。 月曜日がなくなったところで、別の曜日がそこに収まるだけ。 月曜日にネガティブな意味づけをしているのは俺自身に他ならない。 もしも、月曜日が来なくて日曜日が続いたとすれば、仕事がなくなって飢え死にするだけ。 月曜日に悪意はない。 月曜日も日曜日もかわらない大切一日で、それをどう使うかは自分自身に委ねられている。 そんなことは知っている。 けれど、なら、月曜日に何の落ち度もなく、月曜日が不幸を運んで来ているのではないとするなら。 月曜日を責めることができないというのなら。 それは、俺自身が不幸へと進んでいるということだ。 ポン。 と、頭に軽い衝撃があった。 月曜日が頭を撫でているのだと分かった。 「わたしのせいでいいんだよ」 「けど」 「だって、わたしが全部悪いならあなたの一週間。  わたし以外の6日間を、あなたは嫌いにならないでいられるでしょう。  わたしという1日を超えれば、残り6日を頑張れるでしょう」 何かに問題を押しつけたり、不幸を何かのせいにしたり、何かを恨んだり。 そういったことは、前向きに生きる上で良くないことだ。 けれど、月曜日に押しつけることを許されて、俺は安心してしまった。 ほんの少しだけ、救われてしまった。 「月曜日。また会えるかな」 「君はわたしに会いたい?」 「いや、全く会いたくない。けど、会いたいと思えるようになりたい」 俺の言葉に、月曜日は笑う。 「すぐにまた会えるよ。  だって、今日のわたしの時間はあとちょっとで、あなたは日曜日を楽しみにしているもの」
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