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「ギャーーーーン!!」
八千代は耳を突く奇声を上げると、形相を更に鋭くし、そのまま這うようにルーフに上っていった。ルーフを這う不気味な音が車内に響き渡った。
「みんな掴まって!!」
琢馬は忠告すると、再び車を激しく蛇行させた。八千代は、琢馬の運転に怒りを覚えルーフに上から腕を突き刺した。その凄まじい力の腕は、ルーフを突き破り車内にまで到達をし、悠一郎の顔の真横に上から八千代の手が現れた。
「もうやめてぇぇ!」
海老原が泣きながら叫んだが、琢馬には八千代を振り落とす方法しか思い浮かばず、尋常ではない汗をかきながら必死に蛇行を繰り返した。
「伯耆先生!何か方法ないんですか!?」
「…窓を開けてください!」
悠一郎の言葉に三人は耳を疑った。
「ちょ、ちょっと嘘ですよね?この状況で窓開けるって。」
「そうですよ、自殺行為です。」
心咲と琢馬は必死に悠一郎を止めようとしたが、悠一郎は動じることなく答えた。
「八千代にももう時間がありません。八千代はパニックになっています。八千代が今までこんな雑な殺し方はして来ませんでしたし、今はもう呪いの歌とおりの行動ではありません。八千代は最期の力を振り絞ってる。…あなたたちには危害は加えさせません。木藤岡刑事、窓のロックを解除してください!」
「…伯耆先生。」
琢馬はルームミラー越しに見た悠一郎の真っ直ぐで涙を滲ませた目を見ながら、少し考えてから頷いた。琢馬は右手で窓ロックの解除ボタンを押そうとすると、助手席に座っていた海老原が無言で琢馬に乗っかるように右手を掴み、必死に首を横に振った。
「ダメ…ダメですよ、開けたら…みんな死んじゃう。」
「海老原…。」
「木藤岡刑事!!!」
悠一郎が今まで見せたことのないほどの叫び声を上げると、悠一郎に託してみたいと考えていた琢馬は、海老原に「ごめんな。」とだけ呟いてロック解除ボタンを押した。
「ありがとうございます!」
悠一郎はそう言うと右側の窓ガラスを全開にして、身体を窓から出し、ルーフから顔を覗かせた。ルーフの上にいた八千代は、さっきまでの勢いはなく、ルーフに貼り付くようにうつぶせに倒れていた。
「木藤岡刑事、八千代は今はもう安全です。速度を法定まで落としてください。」
「…わかりました。」
琢馬は、海老原の冷たい視線を感じながらもスピードをゆっくりと減速させ、法廷速度に近いスピードで病院を目指した。スピードが落ちたことを確認すると、悠一郎は窓からルーフによじ登り、八千代の様子を確認した。八千代は先程の攻撃で力を使い果たしたのか、殺気がなくなり呼吸を荒くしていた。
悠一郎は横たわる八千代に近付いた。八千代は苦しそうな表情をしながらも、悠一郎を認識すると、襲い掛かろうと腕を上げて、振り下ろした。悠一郎は、避けることなく八千代の攻撃を左肩に受けた。左肩の肉が抉られ出血したが、悠一郎は痛がる表情もせず、八千代の顔を見つめながら涙を流した。
「最後に暴走しなくていい。清文に会わせてあげるから。」
すると、八千代は横たわったまま真っ黒な瞳から一筋の涙を流した。
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