最後の夜 其の三

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「心咲ー!!」 心咲の奇声で目を覚ました琢馬が、運転席から飛び降り、夏目に襲い掛かる手前で背後から心咲を取り押さえた。心咲は、我を失ったまま目の前の夏目を殺すことだけを目的に暴れていた。 「…くそっ!一体どうゆうことなんだ?」 「…八千代も清文と同じ、誰かの身体に乗り移ることで行動出来るんですよ。」 後部座席から悠一郎が頭を押さえながら降りてきた。 「伯耆先生。」 「そこに横たわっている八千代は、身体を八千代に奪われた八千代とは別の女性なんでしょ。身体が使い物にならなくなり、唐牛刑事が選ばれたのでは…。早く、清文のところに。このままでは唐牛刑事も人間ではなくなってしまう。」 「…人間じゃなくなる?」 「ギャーーーーン!!」 心咲は再び奇声を上げると、力が増し、取り押さえていた琢馬から抜け出した。 「くそっ!心咲!!」 心咲はそのまま夏目に襲い掛かろうとすると、悠一郎がポケットから銃を取り出し、心咲に向けた。カチャッという音に心咲も動きを止め、悠一郎に振り向いた。 「ちょっと、伯耆先生!一体何を!?」 驚いた琢馬が心咲の前に立ち、盾になった。 「安心してください、足を撃つだけです。もう時間がない。このままでは彼女を清文の元には連れていけませんから。」 「ふざけんな!心咲にこれ以上傷を増やさせない!」 「どけぇ!このままだと彼女も八千代に連れてかれるぞ!!八千代が成仏すれば唐牛刑事は助かる!」 「…くっ。」 心咲は身の危険を感じ、琢馬を飛び越え、銃を構えた悠一郎に飛び掛かり、腕を振り下ろした。 「なに!?ぐわぁぁぁぁっ!」 悠一郎は咄嗟に後退したが、腕に鋭い爪を喰らい、銃を地面に落とした。 「心咲!!」 琢馬が再び心咲を背後から羽交い締めにすると、夏目が心咲の目の前に立ち、目を閉じて何かを呟き始めた。 「夏目さん?」 「キドっち、静かに。あ、あたしだって呪い師のはしくれ。大して修業はしてこなかったけど、ちっちゃい頃はばあちゃんにも色々教えてもらったの。」 夏目は呪文の様な言葉を詰まらせながらも唱え続けた。すると、押さえ付けている心咲の力が少しずつ弱まっていることを琢馬は感じた。 「伯耆先生!あとは骨だ!」 「…骨…千里。」 悠一郎は立ち上がり、傷口を押さえながら久遠寺の乗る車を探した。すると、遠くに逆さまになっている車を見つけ、顔を真っ青にして駆け寄っていった。 「千里ー!!」 先に久遠寺と茂村を救助していた厳覚が、悠一郎の声に気が付き振り返った。 「悠一郎!無事だったか!」 「親父!千里は!?」 「久遠寺先生は意識がかろうじてある。今、救急隊が来るはずだ。…それから、これを今、彼女から預かった。」 厳覚は、八千代の骨を悠一郎に手渡した。骨は恐らく指の骨の一部で、悠一郎はそれを受け取ると、身体を屈めて車の中を覗き込んだ。 「…っ!?」 悠一郎の視界に最初に飛び越んできた運転席の茂村は、顔全体が血に染まり目を見開いたまま息絶えていた。 視線をその奥の助手席に向けると久遠寺がうつぶせの状態で倒れていた。久遠寺も顔面に傷を負いながらもかろうじて意識を保っていた。 「千里!!」 久遠寺は首を動かすことができず、ゆっくり視線だけを悠一郎に向けた。 「…悠ちゃん。…私は大丈夫。」 「足が挟まって抜けないんだ。首も痛めているようでな、救急隊が来るまでは手出ししない方がいいだろ。」 厳覚の言葉に悠一郎は流していた涙を拭い、千里の目をじっと見つめた。 「千里は必ず助かる!だから頑張れ!!いいな!」 千里は頬笑んで小さく小さく頷いた。悠一郎は、骨を握りしめ立ち上がった。 「親父、千里を頼む。」 悠一郎は病院の駐車場に向かって走り出した。
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