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バンバンと窓ガラスを叩く音で海老原はゆっくりと目を開けた。身体中に痛みを感じ、何が起こったのかわからぬまま窓ガラスの外を見ると、包帯だらけの秋吉が立っていた。
「エビー!大丈夫かぁ!」
海老原は慌ててロックを外してドアを開いた。
「秋吉さん!身体、大丈夫なんですか!?」
「こんな時に寝てられへんわ!ふっとんじまった手はこのとおりやけど、後は何ともないわ。エビも大丈夫そうやな。もうじき救急隊が来る。安心せい。」
秋吉は手首から先が無く包帯でぐるぐる巻きになっている右手を見せながら笑ってみせた。
「他の人は!?木藤岡さんや唐牛さん…それと茂村さんは!?」
「…琢馬と心咲ちゃんは、今難儀なことになってるようでな、琢馬が心咲ちゃん抱えて駐車場に向かっていったわ。…圭介は…」
秋吉は言葉に詰まり下を向いた。
「…え?…嘘…。」
海老原は答えを察して嗚咽するように涙を流した。
琢馬は夏目と一緒に、落ち着いて眠っている心咲を抱えながら駐車場に向かっていた。
「夏目さんにこんな力が。閼伽音さんみたいだ。」
「…あたしも自分の力、初めて知ったかも。」
「木藤岡刑事!!」
後方から骨を手にした悠一郎が合流し、駐車場に辿り着くと、地面に横たわっている室伏を見つけ、悠一郎が駆け寄った。
「室伏さん!!室伏さん!!…ダメだ。」
悠一郎が室伏の胸に耳を当てるとすでに心音がなく、悠一郎は首を横に振った。
「…え?間に合わなかったのか?」
琢馬が呆然とすると、抱えていた眠ったままの心咲が青白く光を放ち始めた。
「な、何だ!?」
心咲は静かに宙に浮くと、くるりと体勢を変えて地面に立った。
「…心咲。」
「八千代が目覚めたのか。」
琢馬と悠一郎は静かに心咲を見守り、夏目は一眼レフのシャッターを切り続けた。心咲は、眠ったまま静かに歩きだし、倒れている室伏の手前まで移動すると、室伏の胸に掌を翳した。
すると、室伏も青白く光を放ち出し、まるで幽体離脱を見るように、室伏の身体から透き通った男性がスーッと現れた。
「…あれが清文。」
清文が室伏の身体から離れると、室伏は激しく咳き込み出し、悠一郎が急いで駆け寄ると清文から引き離し介抱した。
もんぺを着た青年に見える清文は、心咲の前に立つと目をそっと開いた。
「…千代。千代なのか。」
清文の言葉に、心咲の身体から八千代の魂がスーッと現れ、静かに目を開けた。
現れた八千代は齢15歳に相応しい可愛らしい少女であり、清文を見た八千代はニコリと頬笑んで、抱き付いた。
琢馬も悠一郎も、八千代と清文の本当の姿を見入ってしまい、自然と涙が頬を伝った。
「…清くん。」
八千代が清文の目をじっと見つめた。
「長かったな。すまない、寂しい思いをさせて。」
「ううん、清くんは悪くない。いいの、また一緒になれたんだから。」
二人は見つめ合い、優しく唇を重ねると、空気に溶けるように輝きを放ちながら姿を消した。
気を失った心咲を抱えた琢馬は、八千代は、悪霊なんかではなく、本当はただ好きな人と一緒に居たかったと、そんな当たり前の未練をこの世に残した可哀想な少女の霊なんだと理解した。
「…終わったんだ。全部…。」
悠一郎はそう呟くと天を仰ぎ、満天の星空を見つめた。
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